[0014] 櫛田神社(くしだじんじゃ)
正面写真・地図
神社情報
神社№ 0014
神社名 櫛田神社(くしだじんじゃ)
神社別名 
参拝日 2011/11/05
再訪日 2012/08/18
社格  県社
その他社格別表神社
ご祭神天照皇大神、大幡主大神、素戔嗚大神
由緒等
博多総鎮守櫛田神社

御祭神
 左殿 天照皇大神(大神宮)
 中殿 大幡主大神(櫛田宮)
 右殿 素戔嗚大神(祇園宮)

例祭
 五月三日四日 博多どんたく
 七月一日~十五日 博多祇園山笠
 十月ニ十三日 博多おくんち

当社は鎮西の雄都博多の守護神とし天平宝字元年詫宣により大幡主大神を鎮祭した 天照皇大神の御鎮座は之より更に古い 素戔嗚尊の奉祀は天慶四年に追討使小野好古が反乱の鎮定に下向し京都祇園宮を勧請して祈願した由縁による
爾来源平合戦蒙古軍の襲来等九州の地に異変勃発の重大事ことに史上有名の人士を始め一般庶民の篤い尊崇を集め就中菊池武時豊臣秀吉等の祈請の事蹟は広く世に知られている 近時福岡市の発展と共に殖産興業陸海交通の守神として信仰愈々篤くまた開運厄除不老長寿の神として今日の社頭の隆盛を見るに至っている
当社の祭礼中祇園例大祭は国の重要無形民俗分化財に指定された博多祇園山笠の奉納行事によって全国的に名声を博し七百五十有余年伝来の夏祭の豪華版である
尚社頭の銀杏の木は天然記念物に指定され古くから博多の祝い歌となって親しまれ神木として名高い

県指定天然記念物
 櫛田の銀杏
県指定無形文化財 国重要無形民俗文化財
 博多祇園山笠
 博多松ばやし
その他博多関係の文化財を始め幾多の資料を蔵している

特殊神事
 博多節分祭(二月節分の日)
 ぎなん祭(三月十二日)
 夫婦恵比須千座祭(十二月二日三日)

社務所

干支恵方盤(えとえほうばん)

頭上、楼門中程には天井から吊り下げられた干支恵方盤がある。昔の暦は五行、十干、十二支等を組み合わせて恵方を知り季節を分け時を刻んだ。この干支恵方盤には内側に東西南北の方位を表し外側には十二支(えと)を配して恵方(えんぎの良い方角)を示している。
毎年大晦日には、矢印を回転させて新しく迎える年の恵方を示す珍しい干支暦である。

櫛田神社

社伝によれば、天平宝字元年(757年)の創建とされ、古くから博多津中の鎮守として人々の崇敬を集めてきました。当社の例祭として執りおこなわれる博多どんたく(松囃子)・博多祇園山笠・博多おくんちは、福岡市を代表する祭礼として全国的に知られています。境内には県指定天然記念物の櫛田の銀杏、県指定文化財の蒙古碇石・力石、飾り山笠や博多歴史館があります。

福岡市

毎朝祈祷のおすすめ

毎朝祈祷とは、私共の遠い祖先が毎朝欠かさず鎮守さまに祈り続けた人生節目の秘行であります。
平安朝末期頃には、御願成就の為にと「百日詣」或は「百社詣」等の風習があった事を永昌記には、しるされて居ります。
百日詣では時代の推移と共に短縮されて「御百度参り」になってまいりますが、当社では皆様方に代って毎朝祈祷の秘儀を厳粛に執り行って居ります。
商社、団体、個人を問わず、商売繁昌、家内安全、交通安全、厄除等々願意の程を受付にお申し込み頂き鴻大無辺の大神様の御恵を授かり下さい。
又御祈祷初穂料については祈願受付所でお尋ね下さい。

三十日祈祷 五十日祈祷 百日祈祷

猶満願の翌日には御神符、御供物等を御送付申し上げますので引き続き御神願の方は、満願の日以前に御連絡お申し込み下さい。

主なる祈願祭

商売繁昌 会社安全 業績向上 目標達成 印鑑清祓
不老長寿 病気平癒 厄祓厄除 厄入厄明 方除祈願
家内安全 交通安全 旅行安全 海上安全 大漁満足
初宮詣 七・五・三 健康祈願 成人報告 長寿の祝
学業上達 入試就職 芸道上達 襲名報告 必勝祈願
良縁祈願 神前結婚式 安産祈願 結婚記念式 選挙必勝

地鎮祭 上棟祭 竣工祭 水神祭 解体祓
開店祝 事務所祓 清浄祓 家祓 神棚祭
家庭祭祀 火入れ式 船舶清祓 機械清祓 その他

初宮詣
 男子生後三十日目 女子生後三十一日目
結婚記念式
 銅婚式(十五年目) 銀婚式(二十五年目) 金婚式(五十年目)
長寿の祝
 還暦(六十一歳) 古稀(七十歳) 喜寿(七十七歳) 傘寿(八十歳) 米寿(八十八歳) 卒寿(九十歳)

月次祭 毎月一日、十五日

古いお札は古札箱にお納め下さい
祝祭日には必ず国旗をかかげましょう

霊泉鶴の井戸

お櫛田さまの御本殿地下からは昔も今の変ることなく滾々と霊泉が湧き出で不老長寿のいのちの水として霊験誠に灼と信仰され四時参拝者が耐えない飲料水

この霊泉をいただくには一口目には自分の不老長寿を 二口目には家族の不老長寿を 三口目には親類縁者の不老長寿を心で念じながら三口でお飲み下さい

社務所

夫婦銀杏 福岡市保存樹指定

博多では銀杏と書いて「ぎなん」と呼ぶ。この夫婦銀杏は大樹三本の内手前一本が雌木で秋にはたわわに黄金色の実をつける。子孫を宿すところから夫婦円満、円結びの霊樹として氏子崇敬者の敬愛篤く願掛けが多い

力石 昭和三十七年二月福岡県文化財指定

昔当社では卯日相撲が盛んに行われ多くの有名力士が力自慢に持上げた石を数多く奉納した
文政十三年博多麹屋番に住んでいた怪力相撲取飛梅が六十一才の時に奉納した力石が有名である
又平成十二年に御遷宮を記念して近年有名な力士の力石が奉納された

第四十八回式年遷宮記念 奉納 力石

「花本大神」句碑

「花本大神」とは、松尾芭蕉に下賜された神号「花本大明神」のことである。(神号は天保十四年(一八四三年)芭蕉百五十回忌にあたり、真正芭蕉風を唱える天保三大俳人の一人田川鳳朗が京二条家に請願し下賜されている)
博多では、江戸中期から明治にかけて芭風俳諧が広く好まれ、芭蕉二百回忌を前に、追善の誠を表し、有志によってこの句碑が明治二十六年十月に建立されている。
尚裏面には「蓬菜に聞ばや 伊勢の初便」と刻まれている
又題字は、聖福寺住職東瀛老師の筆による

裏参道御案内

神社
注連懸稲荷神社(別名あしどめ稲荷神社)、松尾神社、諏訪神社、金刀比羅宮、大神宮、竃神社、今熊野神社、天満宮、石堂神社、二十二社が祀られています

その他
大正天皇行幸殿、博多大水道の石蓋、博多べい(復元)、川上音二郎の寄進碑、茶室薦田庵等があります

櫛田の銀杏
樹齢千年と云われ博多一番の古木であると同時に不老長寿の御神木として庶民の尊敬が篤い。さても見事な櫛田の銀杏枝も栄ゆりゃ葉もしげる、と博多祝い歌にも愛唱され博多氏子の弥栄を寿ぐ象徴として目出度い宴席などでは必ず歌われている。
樹丈三十三米 最大胴回り十六米 根囲り八米 昭和ニ十九年五月九日 福岡県文化財指定

蒙古軍の碇石(いかりいし)
弘安四年、元の軍勢十万博多の港に侵攻して全滅した時、敵の軍船が遺棄したと伝えられる。赤石白石いずれも出土品で朝鮮チュルバリ港付近の石材と云う。
昭和三十三年三月 福岡県文化財指定

菊池武時公奮戦の地
その昔、当社付近は櫛田浜と称し海辺であった。元弘三年、南朝の忠臣菊池武時公は錦旗を押し立てて義兵を挙げ、神社に程近き九州探題館の北条英時を攻めた。しかし、敵の謀計にかかりこの浜辺で散った武時父子の悲しい袂別の場所もこの付近だったと云う。

博多総鎮守 櫛田神社主要祭日表

一月一日 歳旦祭
一月三日 元始祭
二月節分の日 節分大祭
旧二月初午の日 注連掛稲荷神社 初午大祭
三月十二日 ぎなん祭
五月三日 春季大祭
 四日 博多松ばやし(博多どんたく)
七月一日より 祇園大祭
 十五日まで 博多祇園山笠
 一日 飾り山笠御神入れ
 九日 全町お汐井取り(夕刻)
 十日 流舁き(本日より舁山笠が動く)
 十一日 朝山、他流舁き
 十二日 追い山ならし
 十三日 集団山見せ(午後三時三十分)
 十四日 流舁き
 十五日 祇園例大祭(午前三時) 追い山笠(櫛田入り 午前四時五十九分)
十月二十三日 秋季大祭(博多おくんち)
 二十四日 御神幸
十一月 中 七五三祭斉行
十二月ニ日 夫婦恵比須神社大祭(夫婦えびす)
 三日 (二日夕刻より千座祭斉行)

一、五、九月二十日 児安社祭
毎月 一、十五日 月次祭
毎月 十七日 祇園講社祭

本祭日表奉納
 福岡くしだライオンズクラブ
 茶道 南坊流

博多総鎮守 櫛田神社
博多観光のしおり

交通のごあんない
櫛田神社は、商都博多の中心部に鎮座し、交通経済など四通八達する中で、川端商店街・グルメシティ・キャナルシティーに通じ、博多川の向いは博多の不夜城・中洲歓楽街に接してます。
また、川端商店街や中洲近辺には、博多の老舗が軒をつらね、名物の水炊きや明太子・博多の銘菓・鰻の本家を始め、あらゆる博多の味が存分に堪能できます。また、博多人形や博多織など伝統工芸品をご覧戴ける、「博多町屋ふるさと館」も神社の向にございます。

交通機関
JR博多駅よりバスで5分、徒歩15分。
空港より車で20分、バスで25分。
地下鉄中洲川端駅・祇園駅より徒歩5分。
キャナルシティー前バス停より徒歩1分。

観光のお問い合わせ
福岡市観光案内所 JR博多駅内 (092)431-3003
福岡市観光課 福岡市中央区天神一丁目8番1号 (092)711-4331

櫛田神社

当社の縁起
当社は、博多の総氏神様としては最古の歴史を有し、天照皇大神の奉祀についてはあまりにも古く、忠実に徴す由もないが、孝謙天皇天平宝字元年(757年)託宣によって主祭神の大幡主大神を鎮祭し、天慶4年(941年)藤原純友が乱を起こすや、追討使小野好古は山城国祇園社に神助を祈願し、戦勝奉賽のため素戔嗚大神を当社に勧請したと言われております。而して三社格別に建立並び社頭の輪奐結構を極めていたが、屡々の兵火に罹り荒廃せるを、天正15年(1587年)、時の太閤豊臣秀吉公が博多復興にあたり現在の社殿を建立寄進がなされました。その御神徳は、古来より不老長寿・商売繁盛の”お櫛田様”として人々からの信仰が篤い。

御祭神
左殿に 天照皇大神(大神宮)
中殿に 大幡主大神(櫛田宮)
右殿に 素戔嗚大神(祇園宮)

博多歴史館
櫛田神社の数多い社宝のうち、歴史的にも民俗資料としても、価値の高いものを厳選して展示している。
博多の伝統行事、祭典に関する貴重な資料、遺俗文化財が陳列公開され、博多に縁の深い豊臣秀吉公の法文書や朱印状、筑前博多津要録、特に古代山笠六本の復元展示は、現代博多人形師等の入魂精緻の傑作で、誇り高い伝統山笠の粋美を今に伝えています。
開館日時 毎週月曜日休館(正月・祇園山笠等大祭期間中は除く) 午前十時より午後五時まで(入館は午後四時半まで)

博多節(正調)
博多帯しめ 筑前しぼり 歩む姿が柳腰
操たて縞 命も献上 かたく結んだ博多帯
意気地づくなら 命もままよ 博多小女郎の末じゃもの
博多へ来るときゃ一人で来たが 帰りゃ人形と二人づれ
なみの玄海 船底まくら さめりゃ博多の灯がまねく
筑紫名所は 名島に宰府 芥屋の大門の朝嵐
御衣を捧げて 泣く秋の夜に 月がさしこむ榎寺

博多 祝い唄
祝いめでたの 若松さまよ 若松さまよ 枝も栄ゆりゃ 葉も繁る
※エーイーショウエー エーイーショウエー ショーエ ショーエ (ア) ションガネ
 アレワイサソ エーサーソー エー ションガネ※
こちの座敷は 祝いの座敷 祝いの座敷 鶴と亀とが 舞い遊ぶ ※(はやし言葉繰り返し)
さても見事な 櫛田の銀杏 櫛田の銀杏 枝も栄ゆりゃ 葉も繁る ※(はやし言葉繰り返し)
こちのお庭に お井戸を掘れば お井戸を掘れば 水は若水 金が湧く ※(はやし言葉繰り返し)
旦那大黒 ごりょんさんな恵比須 ごりょんさんな恵比須 でけた子供は 福の神 ※(はやし言葉繰り返し)
あんた百まで わしゃ九十九まで わしゃ九十九まで ともに白髪の生えるまで ※(はやし言葉繰り返し)

博多の祭りと行事

博多節分 2月節分の日(例年3日まれには4日)
立春の前日、櫛田神社では盛大な節分大祭が行われる。関西以西の盛祭として、江戸時代末期から盛大に行われており、厄除祈願の参拝者で境内は終日混雑をきわめる。日本一の”おたふく面"や超特大の福桝が飾りつけられ、能舞台からは年男・年女・知名士による豆まきが随時行われ、境内に放たれた赤鬼・青鬼達の”鬼おどり””鬼わらい”が見られるのも面白い。博多情緒あふれるお化け参拝(仮装して参拝すること)が見られるのも、この日だけである。縁起ものの、熊手の内側におたふく面が取付けてある”福寄せ”を手にした老若男女が語り合う博多言葉も風情があり、博多の風物詩である。

博多どんたく 5月3日~5月4日
芸どころ博多が年に一度、無礼講の祭典として開幕する市民の祭りである。どんたくの起源を求めれば、無形民俗文化財博多松ばやしであろう。松ばやしは、平安朝の頃、正月に神を迎えた門松をはやして自他を祝福する民俗行事として伝わったといわれている。この松ばやしは、三福神・稚児で編成されているが、誰でも参加できる「通りもん」(笛・太鼓・鉦・三味線にてはやし立て、歌をうたい、戯言を吐き・・・・・・)の風流が、時代とともに徐々に発展した。明治5年、県からの廃止令によって一時中断したが、祝いごとが好きな博多っ子は、紀元節の祝賀行事にかこつけ、明治11年に再開した。これを早速オランダ語で「Zondag」(安息日、休日の意)と呼び「どんたく」となまっていいかえたのも、仁和加好きな博多っ子のしゃれっ気であろうか。昭和37年から名称を「市民の祭り博多どんたく港まつり」と改め、内容も市民全部が参加する祭典となった。

博多祇園山笠 7月1日~7月15日 国重要無形民俗文化財
7月15日未明、暁をついて行われる追い山笠は、熟練した技術と一致団結した呼吸が必要とされている。ここに、自治を尊ぶ心意気と伝統を守るおおらかな精神を持つ博多っ子を見ることができる。蓋し庶民生活の中の祭典といえよう。起源については諸々の説があるが、「仁治2年(1241年)承天寺の開山聖一国師が、当時博多に流行した病魔退散の祈願をした時、施餓鬼棚に棒をつけて町人が担ぎ廻ったのがはじまりである。」とする説が通説であろう。7月1日から14日の深夜まで公開される「飾り山笠」は、街の区割りによって10本余立つ。約16mの高さいっぱいに軍記や歌謡、歴史や伝説あるいはお伽話から取材した金殿玉楼・美姫・男士等を配置した豪華絢爛な飾り山笠は、博多人形師が描き出す夢幻の世界の具現であり、錦絵巻の立体化である。浴衣がけに団扇を持って夕風をあびながらの飾り山巡りは、博多でないと味わえない風情である。
・飾り山笠 7月1日~15日(午前0時)
・追い山ならし 7月12日 午後3時59分
・集団山見せ 7月13日 午後3時30分
・追い山笠 7月15日 午前4時59分

博多おくんち 10月23日~10月24日(御神幸・おくんちパレード)
”おくんち”とは、昔宮中で行われていた五節句の一つ、重陽の節句(陰暦九月九日=お九日・お宮日・お供日ともいう)の事である。博多の総鎮守・櫛田神社の御神木「櫛田の銀杏」が色付き始める10月下旬博多おくんちが開催される。御神幸は、牛車にひかれる神輿行列、ブラスバンド、ちご行列等が色どりを添え、豪華絢爛に繰り広げられる祭の行列は、大都市博多の秋の風物詩である。昔は、旧暦10月、2番卯の日に行われていた秋の大祭が、明治以降は11月23日にかわり、昭和28年から名称を「博多おくんち」と改め、現在のパレード形式をとり、賑やかに挙行されている。境内では奉納相撲大会、柔道大会なども催されている。
ご朱印
鎮座地区福岡市博多区
郵便番号812-0026
所在地福岡市博多区上川端町1-41
地図座標33.592992,130.410491
公式HP 
福岡県神社誌
【社名】 櫛田神社 [A00-0012]
【所在地】 福岡市社家町
【祭神】 大幡主神、天照皇大神、素戔嗚神
【由緒】 当社は人皇第四十六代孝謙天皇天平宝字元年の御鎮座にして、正殿の御祭神大幡主命(大若子命の御事なり)は伊勢国櫛田神社を博多総鎮守産土神に奉斎の由申し伝ふ。命は天御中主尊十八世の孫彦久良伊命の御子なり、垂仁天皇の御宇天照大神伊勢に御鎮座の当時まで、大神の御傍を離れ給はず供奉御輔佐あり、殊に越の国の凶賊阿彦征伐を命に勅し標剣を賜はる、命幡を掲げて輙く退げ給ひしに依り、其勳功を賞で給ひて大幡主の御名を賜ひしに依り、大幡主命と申し奉るなり、又命を当社に鎮め祭りしは外寇防禦の神宣に依れるものと云へり。左殿の天照大神勧請は諸説有之共皇大神宮の御側を離れ不給供奉し給ひし故伊勢第一の摂社と奉斎せる由縁にて同時に奉斎る由申伝ふ。(天照皇大神奉斎は大幡主命奉祀と同時に非ずして後に合せ祭りたりとの説あり)前記せる如く、右殿の須賀大神は人皇第六十一代朱雀天皇の御宇藤原純友乱を起せしに依り、天慶三年朝廷右近衛少将小野好古を追捕使長官、太宰少弐源経基を次官として討伐せしめらる、同四年純友は太宰府を焼き勢を振ふ。好古は精兵を率いて陸路より進み、藤原慶幸、大蔵春実は海に浮びて博多の津に赴きて之を攻め賊軍に突入火を放つて賊船を焼く、賊兵潰ゆ。而して山城国八坂神社、同国京都市下京区清井町鎮座、素戔嗚命を祀り、稲田姫命、八柱の御子神を配祀、元祇園感神院と称したり、是より先好古誅伐の功を奏せんと山城国八坂神社に祈願し、速に其の功を奏せしに依り、当社に御分霊を勧請し尚御神助を祈りしと云ふ。往古は乙若子命も相殿に奉斎せし由、何れの世よりか乙若子命は境内社に奉斎せり。又元弘三年三月十三日菊池武時将軍勤皇の旗を飜し家兵を率いて探題北條英時を博多に攻めし時神威の加護を祈る為め当社の御前にて上指の鏑矢に、「武士の上矢の鏑一筋に思ひ切るとは神は知らずや」と認めたる短冊を附けて神前に奉納せりと伝ふ。
【特殊祭事】 毎年七月十日より十五日に至る祇園祭には、博多百五十箇町の氏子当番にて高さ三十余尺の精巧美麗を極めたる六本の山笠を建設し、同月十日より毎日勇しく町々を舁ご廻はり、十五日の拂暁には櫛田入りと称して太鼓を合図に各山笠を順々に威勢能く社内に舁入れ無慮幾千の多勢は揃ひの出立にて蜿蜒長蛇の態をなし、「ワツショ、ワツショ」の掛声も勇ましく、一定の道程(市中)を疾走して其の速さを競ふ古例あり、其動作の颯爽豪壮なる自ら夏期心身の惰気を拂はしむ、此山笠は後花園天皇永享四年の権輿にして、今や福岡市年中行事の一に数へられ、祭典中は遠近よりの観衆全街に充つ。
【例祭日】 六月十五日
【神饌幣帛料供進指定】 明治四十年一月十九日
【主なる建造物】 神殿、拝殿、社務所、神饌所、神具庫、氏子集会所、接待所、絵馬堂、能楽堂、恵比須集会所、接門、神楽庫、御厩舎、参籠所
【主なる宝物】 三池典太光世作太刀、古鐘(名僧圓月の銘あり)、豊大閣の榜書及教書、博多判金(六百九十年前)、古楽面、浅緑茶入、天国作短刀、可児才造の兜、六歌仙(色紙)
【境内坪数】 二千八百坪
【氏子区域及戸数】 博多百四十五箇町 八千五百戸
【摂社】 乙子神社(乙若子命)
【末社】 菅原神社(菅原道真)、恵比須神社(事代主命)、七社(猿田彦命、玉依姫命、天児屋根命、気長足姫命、住吉大神、大原大神、手力雄神)、石堂神社(吾田片隈神、多紀理比売神、狭依比売神、多岐都比売神)、手置帆負神社(手置帆負命、彦狭智命、少彦名命、伊弉諾尊、事解男命、速玉男命)、稲荷神社(豊受比売命)、松尾神社(大山咋神)、金比羅神社(大物主神)、諏訪神社(建御名方神)、皇大神宮(豊宇気比売神)、十七社(比奈麻治比売命、武内宿禰、櫛稲田姫命、誉田天皇、高龗神、闇龗神、級長津彦神、級長戸辺神、建津身 神、大山祇神、底津綿津見神、中津綿津見神、表津綿津見神、瓊々杵命、溝咋耳命)
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公開日2012/08/26
更新日2012/08/26
その他の写真
大博通り沿い一の鳥居
一の鳥居扁額
博多部周辺案内板
二の鳥居
二の鳥居扁額
社号標
由緒標
楼門正面
楼門正面扁額
狛犬(阿形)
狛犬(吽形)
干支恵方盤
干支恵方盤説明板
楼門扉
楼門背面扁額
楼門背面
境内風景
参道
神社説明板
臥牛
手水舎
水盤
神馬、参拝者休憩所
お潮井台
櫛田神社境内図ほか
中神門
社殿正面
お潮井台
風神
霊泉鶴の井戸
霊泉鶴の井戸説明板
拝殿内
拝殿天井絵
拝殿天井絵説明板
夫婦銀杏
夫婦銀杏説明板
国重要無形民俗文化財博多祇園山笠(飾り山表)
国重要無形民俗文化財博多祇園山笠(飾り山裏)
力石
試石
力石説明板
白龍権現社・児安社全景
白龍権現社・児安社正面
白龍権現社説明板
児安社説明板
夫婦恵比須神社正面
夫婦恵比須神社鳥居扁額
夫婦恵比須神社説明板
夫婦恵比須神社拝殿
夫婦恵比須神社拝殿内
夫婦恵比須神社説明板
花本大神句碑
花本大神句碑説明板
花本大神句碑裏
櫛碑周辺風景
櫛碑
神輿庫
筆魂碑
裏参道入口
注連懸神社社号標
裏参道案内板
裏参道
山笠記念碑
境内神社鳥居、手前から石堂宮、今熊宮、諏訪神社、金毘羅宮、松尾宮、天満宮
二十二社
二十二社説明板
境内神社、右から松尾神社、諏訪神社、金刀比羅宮、皇大神宮、竃神社、今熊野神社、天満宮、石堂神社
注連懸稲荷神社鳥居
注連懸稲荷神社鳥居扁額
注連懸稲荷神社参道鳥居
注連懸稲荷神社正面
注連懸稲荷神社説明板
茶室
川上音二郎寄進碑
川上音二郎寄進碑説明板
博多べい
博多べい復元記
博多べい標
博多べい標横面
裏参道入口
社殿脇手水舎
社殿脇入口
社務所
櫛田会館
大燈籠
明治二十七八年征清記念出碑
道路脇入口風景
博多祇園山笠山留め標
櫛田会館前風景
博多備荒米碑
博多備荒米碑説明板
博多廉売碑
博多廉売碑説明板
櫛田会館入口
北神門
北神門前
櫛田神社主要祭日表
櫛田の銀杏
櫛田の銀杏説明板
山笠記念碑
櫛田の銀杏標
総合神庫
博多歴史館・恵比須会館
山笠清道標
南神門前風景
南神門前鳥居
南神門前鳥居扁額
南神門正面
南神門前狛犬(阿形)
南神門前狛犬(吽形)
南神門背面