[0168] 住吉神社(すみよしじんじゃ)
正面写真・地図
神社情報
神社№ 0168
神社名 住吉神社(すみよしじんじゃ)
神社別名 
参拝日 2012/01/08
再訪日 2012/10/08
社格  郷社
その他社格 
ご祭神住吉三神、神功皇后、志賀三神、武内宿禰
由緒等
住吉神社

住吉神社は、奈良時代の天平年間(729~749年)に建てられたといわれ、古くは、北側の海岸近くにありました。室町時代の応永23年(1416年)に現在地に移転しました。航海の安全の神さまとして地域の人々に厚く信仰され、境内には、早船神社・埴安神社などの末社が数多くあります。
また、伊邪那岐の大神が「みそぎ祓い」をされるとき、河童が現れ道案内のお手伝いをしたことにより、除災招福の神の使いになったという伝承があります。

平成12年3月 西区役所

災難除の由来

神話の昔小戸の原(アハギ原)で伊冊那岐の大神(住吉三神の父神)が禊(ミソギ)をされた時御神徳により除災招福の神使となったと申します。
河童面はこの伝承にもとづくもので、これを玄関・鬼門に掛ければ魔除となり、又千客万来商売繁昌の利生あり、台所にかければ家運繁栄し、水難火難を防ぐと云う民俗伝承があります。

姪浜 住吉神社

上西区総鎮守 姪浜 住吉神社略記

本社祭神
 住吉三神(表筒雄命・中筒雄命・底筒雄命)
 神功皇后(息長帯比売命)
 志賀三神(表津綿津見神・中津綿津見神・底津綿津見神)
 武内宿禰(武内宿禰命)
末社祭神
 須賀神社(素戔嗚尊・大己貴命・稲田姫命)
 (祇園社)
 事代神社(事代主神)
 大神宮(大日霊命・天児屋根命・応神天皇)
 少童神社(事代主神・火酢芹神・少童神)
 埴安神社(埴安命)
 厳島神社(市杵嶋姫命(弁財天))
 早船神社(彌彦神)
 宇賀神社(倉稲魂命)
祭日
 元旦祭 一月一日
 玉競祭 一月三日
 祇園祭 七月十ニ日・十三日
 夏祭 七月三十一日・八月一日
 秋祭 十月二十ニ日・二十三日

由緒
住吉神社の起源は、奈良時代の天平十五年(西暦七四三年)九月二十九日の夜半、住吉名神のご出現があり、翌年四月十三日にも異国船来襲の調伏祈願の折りにご出現され、このため一宇の小社を建立し住吉三神をお祭りしたことによります。西綱屋町の社がそれで、住吉古宮といいます。くだって室町時代、応永二十三(西暦一四一六)正月十四日夜のご神託により、翌年八月二十九日に牛頭社地(現、住吉神社)で新社建立・ご遷座の儀式を終え、ここに住吉三神は牛頭社(現、須賀神社)と相並んで、当地の産土神として尊崇されるようになりました。
住吉三神は、「日本書記」神代巻には、伊弉諾尊が筑紫の日向の橘の小戸の檍原で、御身の濁穢を禊祓われた時に出生された神と記されています。内書巻九や「古事記」によると、神功皇后が応神天皇を胎内に宿したまま新羅に遠征された折り、住吉三神は「和魂は王身の命を守り、荒魂は先鋒として軍船を導くであろう」と申され、それ霊験あらたか新羅軍を破り、無事帰国されました。その時、神功皇后は当地の小戸付近の浜に上陸し濡れた衵の御衣を乾かされたので衵ヶ浜(後、転じて姪浜)といい、宇瀰(宇美)において応神天皇を出産されたと伝えられています。
また、伊弉諾尊が禊祓をされるとき河童が現れ、道案内のお手伝いをしたことにより除災招福の神の使いになったという伝承があります。
なお、本社祭神は、海上安全・交通安全・厄除け・災難除け・安産・商売繁盛のご神徳があります。

御神木

樹齢七百年

昔、雷が落ちた時に避雷針となり身代りとなって本殿を守ったといわれました。漁師の帰港の目印となっていました。

総鎮守 姪浜 住吉神社略記

本社祭神
 住吉三神(表筒雄命・中筒雄命・底筒雄命)
 神功皇后(息長帯比売命)
 志賀三神(表津綿津見神・中津綿津見神・底津綿津見神)
 武内宿禰(武内宿禰命)
末社祭神
 須賀神社(素戔嗚尊・大己貴命・稲田姫命)
 (祇園社)
 事代神社(事代主神)
 大神宮(天照大御神・天児屋根命・応神天皇)
 少童神社(事代主神・火酢芹神・少童神)
 埴安神社(埴安命)
 厳島神社(市杵嶋姫命(弁財天))
 早船神社(彌彦神)
 宇賀神社(倉稲魂命(お稲荷様))
年中祭日
 正月一日 元旦祭(初詣)
 正月三日 玉競祭
 二月三日 節分祭と豆まき(開運厄除大祭)
 七月十ニ日・十三日 祇園カッパ祭り(除災招福カッパ面)
 七月三十一日・八月一日 夏越祭(芽輪くぐり-無病息災) 
 十月下旬 秋祭(家内安全)
 十一月中 七五三(子供成長祈願)

由緒
住吉神社の起源は、奈良時代の天平十五年(西暦七四三年)九月二十九日の夜半、住吉名神のご出現があり、翌年四月十三日にも異国船来襲の調伏祈願の折りにご出現され、このため一宇の小社を建立し住吉三神をお祭りしたことによります。西綱屋町の社がそれで、住吉古宮といいます。くだって室町時代、応永二十三(西暦一四一六)正月十四日夜のご神託により、翌年八月二十九日に牛頭社地(現、住吉神社)で新社建立・ご遷座の儀式を終え、ここに住吉三神は牛頭社(現、須賀神社)と相並んで、当地の産土神として尊崇されるようになりました。
住吉三神は、「日本書記」神代巻には、伊弉諾尊が筑紫の日向の橘の小戸の檍原で、御身の濁穢を禊祓われた時に出生された神と記されています。内書巻九や「古事記」によると、神功皇后が応神天皇を胎内に宿したまま新羅に遠征された折り、住吉三神は「和魂は王身の命を守り、荒魂は先鋒として軍船を導くであろう」と申され、それ霊験あらたか新羅軍を破り、無事帰国されました。その時、神功皇后は当地の小戸付近の浜に上陸し濡れた衵の御衣を乾かされたので衵ヶ浜(後、転じて姪浜)といい、宇瀰(宇美)において応神天皇を出産されたと伝えられています。
また、伊弉諾尊が禊祓をされるとき河童が現れ、道案内のお手伝いをしたことにより除災招福の神の使いになったという伝承があります。
なお、本社祭神は、海上安全・交通安全・厄除け・災難除け・安産・商売繁盛のご神徳があり、平成十七年三月の大きな地震で御神門・大鳥居が全壊し社殿等も大きな被害を受けましたが、一ヶ月後に当神社の宮司がクイズ・ミリオネアに出演させていただき全問正解を達成し賞金壱千萬円を獲得することができ、多くの方々の御協賛も賜り立派に復興してからは縁起の良い開運神社として厚く尊崇されております。

三尺の大太鼓
御祈願をする時に、大太鼓を打ちます。

樹齢七百年の御神木。(銀杏)
昔、雷が落ちた時に避雷針代わりとなって本殿を守ったといわれております。また、漁師が帰港の目印としていました。

諸祈願(車祓・厄祓・安産祈願・初宮詣・その他)
出張祭典(地鎮祭・引越祓・家祓・井戸祓・その他)

福岡市西区姪浜三丁目五-五
総鎮守 姪浜 住吉神社
〒819-0002 TEL・FAX 881-0328
ご朱印
鎮座地区福岡市西区
郵便番号819-0002
所在地福岡市西区姪の浜3丁目5-5
地図座標33.588667,130.323888
公式HPhttp://sumiyoshijinja.jp/
福岡県神社誌
【社名】 住吉神社 [A00-0018]
【所在地】 福岡市姪浜町字宮ノ前
【祭神】 住吉三神、神功皇后、志賀三神、武内大臣
【由緒】 天平十五癸未年九月二十九日鎮座明治五年十一月三日郷社に定めらる。
祭神三筒男命は同町字綱屋無格社住吉神社として祭祀ありしを明治四十五年二月二十六日合併合霊許可。
【例祭日】 十月二十三日
【神饌幣帛料供進指定】 昭和三年十月三十日
【主なる建造物】 本殿、渡殿、拝殿、神饌所、社務所、参籠所、神輿庫
【主なる宝物】 唐団扁一本(黒田公寄進)富士山図額(黒田綱正公筆寄進)高麗焼鷹二個、藤巴紋入鉄燈籠一対(黒田公寄進)
【境内坪数】 七百十四坪
【氏子区域及戸数】 姪濱町中炭坑区共 二千八百戸
【境内神社】 須賀神社(大己貴命、素戔嗚命、稲田姫命)、大神宮(大日霊命、天児屋根命、応神天皇)、早船神社(彌彦神)、埴安神社(埴安命)、若八幡宮(仁徳天皇)、少童神社(事代主命、犬酢芹命、少童神)、宇賀神社(倉稲魂命)
コメント 
公開日2012/10/14
更新日2012/10/14
その他の写真
住吉神社案内板
旧唐津街道案内板
神社入口鳥居
神門
手水舎
河童像
河童像説明板
社務所
注連掛石
社殿正面
河童
住吉神社略記
拝殿正面
拝殿神額
拝殿内
社殿全景
境内神社、須賀神社
境内神社、須賀神社
境内神社(不詳)
境内神社、須賀神社
社殿横景
社殿全景
ご神木全景
ご神木全景
ご神木説明板
鳥居扁額
境内神社風景
境内神社、早船神社
境内神社(不詳)
境内神社、左から少童神社、埴安神社