[0220] 宇治神社(うじじんじゃ)
正面写真・地図
神社情報
神社№ 0220
神社名 宇治神社(うじじんじゃ)
神社別名 
参拝日 2012/04/07
再訪日 2014/12/13
社格  村社
その他社格 
ご祭神宇治若郎子命
由緒等
村社 宇治神社

塩手ニアリ、祭神、宇治若郎子命。旧記ニハ若一皇子社トアリテ、祭神ハ天照大神トセリ。祭日九月十九日。慶長十二年丁未ノ冬、黒田長政、此辺ニ遊狩セラレシ時、雷雨頻ナリシカハ、此社ニ避テ祈念セラレシニ、天忽晴タリ。因テ社ヲ改造ルヘシトテ、材木ヲ与ラル。其目録、今ニ農家ニ存ス。同十三年戊申、増営ノ棟札アリ。古ハ旧村地古屋敷ニアリ。元禄十六年葵未、此所ニ移セリ。末社一、八坂神社、社地
『福岡県地理全誌』明治四年頃刊せり
慶長十二年丁未 一六〇七年
元禄十六年葵未 一七〇三年

宇治若郎子命 = 若一皇子 = 莵道稚郎子皇子
宇遅能和紀(字自り下の五字は音を以いる)郎子『古事記』中巻
ご朱印 
鎮座地区糸島市
郵便番号819-1572
所在地糸島市末永171
地図座標33.533914,130.265217
公式HP 
福岡県神社誌
【社名】 宇治神社 [A00-0638]
【所在地】 糸島郡怡土村大字末永字松ヶ浦
【祭神】 宇治若郎子命
【由緒】 寛文の頃当村字古屋敷より移転旧国主黒田長政慶長十二年十一月ニ十一日造営、明治五年十一月三日村社に定めらる。
【例祭日】 九月十九日
【主なる建造物】 本殿、幣殿、拝殿
【境内坪数】 七百ニ十坪
【氏子区域及戸数】 末永部落 七十戸
【境内神社】 八坂神社(進雄命)
糸島郡誌
【社名】 宇治神社 [N01-0098]
【所在地】 糸島郡怡土村
【由緒】 大字末永字松ケ裏にあり。祭神宇治若郎子命(旧記には若一皇子社とあり)。祭日十月十九日。慶長十二年丁未の冬黒田長政此辺に遊猟せられし時、雷雨頻なりしかば此社に避けて断念せられしに天忽ち晴れたり。因りて社を改め造るべしとて材木を与へらる。
黒田長政公上座郡さだ山の槻材寄附目録中村龍吉方にあり左の如し。
怡土郡末永村宮造営材木之事
一拾四本 九尺木但壹人持 はしら
一壹本 貳間木但貳人持 むな木
一参拾本 但五本持 たる木
一拾貳丁 但長さ貳間木 ぬき
右さた山にて切せ可申候也
慶長拾貳年十一月廿一日 長政 吉田六郎大夫辨 筆者 春坂

慶長十三年若一皇子宮棟札左の如し。
一切日皆善一切宿皆賢
諸仏皆威徳羅漢所満
以斯誠実言願我成吉祥
奉造立筑前国怡土郡末永村若一皇子御宝殿一宇国司豊富朝臣黒田筑前守長政卿御武運長久国民豊饒 当村地頭福西長右衛門入道
殊者信心檀那富貴自在子孫繁昌村中安全諸人快楽 于時慶長十参戌申季三月十三日
大工 藤原朝臣中村三郎兵衛尉 藤原朝臣友池彌兵衛尉
小工 五人
別当 中村善次郎 当村百姓衆

寛文の末末永が今の地に村移りせし後約三十年なほ古屋敷に鎮座せしが、元禄十五年壬午今の地に遷坐せり。其後享保元年丙申本地地蔵堂葺替。同六年辛丑本社渡殿とも葺替。同十六年辛亥拝堂改築。明治廿八年三月十五日本殿外囲渡殿拝殿改築せり。享保十六年の棟札に黒田継高の造営に係る旨記せり。曰く、奉再興筑前国怡土郡末永村若一皇子御宝殿一宇、大檀那筑前大守兼侍従源朝臣松平継高公、御武運長久、国民豊饒、村中安全、子孫繁昌、諸人快楽如意所。脇書に曰く、聖主、中天、加陵頻伽聲、天長地久、御願円満、哀愍衆生者、令敬礼風雨順時、五穀成就。干時享保十六年辛亥年九月。大宮司殿上加賀守橘和徳。本願主藤原朝臣中村太平治。施主当村中。大工志摩郡田尻村藤原朝臣末松源次郎、小工五人。其裏面に曰く、元禄十五壬午年当地江奉宮移、宮跡当村地頭斎陰忠兵衛殿壱作而畝数四畝反別六斗弐升上納仕、余米前後併壱俵壱斗六升五合享保十六年亥年迄納、此余米を以神門石燈籠本地地蔵再興、当村時庄中村治八郎建立、其後享保元丙申年地蔵初社、同六年辛丑天本社葺替渡殿共、同十六辛亥年拝殿一宇当時庄中村多平治建立。
境内神社一、八坂神社。
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公開日2014/12/21
更新日2014/12/21
その他の写真
神社入口風景
猿田彦命
参詣道風景
参道階段
参道風景
注連掛石
鳥居
鳥居扁額
水盤
境内風景
社殿正面
社殿正面
狛犬(阿形)
狛犬(吽形)
お潮井台
拝殿内
拝殿内
拝殿内
由緒書き
拝殿神額
社殿全景
社殿全景
本殿
社殿背景
社殿背景
境内神社(不詳)
石神(不詳)
五穀神
境内風景
社殿正面[2012/04/07撮影]
社殿正面[2012/04/07撮影]