[0346] 白山宮(はくさんぐう)
正面写真・地図
神社情報
神社№ 0346
神社名 白山宮(はくさんぐう)
神社別名 
参拝日 2012/03/17
再訪日 2014/04/16
社格  村社
その他社格 
ご祭神五十猛神
由緒等
白山神社

拝殿は大正九年(一九ニ〇)、本殿は昭和二年(一九ニ九)の建立です。それ以前、白山神社は白山山頂付近の花ノ木原にありました。山頂付近には延享四年(一七四七)銘の石製の祠があり、現在も「上の白山さま」として信仰が続いています。現在の祭神は五十猛神ですが、近世には白山権現社として、菊理姫神、伊弉冉尊、泉道守神を祀っていたようです。
白山は「首羅山」とも呼ばれ、伝承では天平年間の開山とされます。『筑前国続風土記』には、むかしは大社で、白山頭光寺泉盛院を社僧とし、三百五十もの坊がありましたが、天正年間にすべて焼亡したと記載されています。現在も山内には坊跡や堂宇の跡が随所に残り、当時の繁栄の痕跡をよく残しています。
毎年十一月には大祭が行われ、大晦日から元旦には獅子舞が奉納されます。
※境内神社 山ノ神社(大山祇神)

平成21年 久山町教育委員会
ご朱印 
鎮座地区糟屋郡
郵便番号811-2501
所在地糟屋郡久山町久原188
地図座標33.657431,130.513185
公式HP 
福岡県神社誌
【社名】 白山神社 [A00-0070]
【所在地】 糟屋郡久山村字松浦
【祭神】 五十猛神
【由緒】 昭和四年五月二日村社に列せらる、創立年代詳ならざれども往古より鎮座ありしことは古老の口碑に伝はれり。
伝説に曰く、聖武天皇天平四年三月僧源通勅命を奉ぜりとて社殿を造建し、二世源信を経て累代殷盛を極め、社僧本谷百坊、西谷百坊、別所百坊、日吉六十坊(或は山王五十坊とも伝ふ)あり、春冬両度の大祭壮厳に行はれ、毎年三月朔より十月迄は特に皇室の安穏国家鎮護の祈祷を為せりと云ふ。元弘建武の兵乱を受け且つ寺坊中互に争闘し、本谷、西谷、別所の僧坊は盡く灰燼に帰し、日吉六十坊残りて社頭の祭祀を奉ぜしも、天正十四年薩摩の兵燹に罹り、日吉も亦烏有に帰せり。後里民小祠を営み神社に最も縁故深き首羅山頭光寺を萬治年中村内に移し、其の寺僧をして祭事を司らしむ。
大正十三年二月二十七日許可を受け、同村字山の神無格社山神社に祭祀ありし、大山祇神を合祀と同時に字花の木原より現在の地に移転す。
又社説に曰く、白山の宮本地は百済国より虎に乗じて天平二年に来朝し給ひ、先当山に地を示し給ふと也。其後天平四年三月聖武天皇源通和尚に詔ありて当山に建立し、二世源信和尚以降累代繁昌せり。観念観法の厳あり、俗に源通岩と云ふ。竃門山より峯入の節は今に二夜三日の祈願あり、乗り捨て給ふ虎の猛威に恐れて郷人弓箭を以て是れを害せしが其の首より光明輝き化身を顕しければ、首を羅物に包み、埋めし所に十一面観世音菩薩を安置す。之に依り首羅山頭山頂上の本殿には春秋の祭礼ありて帝国安穏国家鎮静の祈祷あり。本社宮造は直ちに紫宸殿を移し賜ひ、十五間四面の講堂ありて毎日無量壽経を讀誦し給ふ。
【例祭日】 十二月初卯日
【主なる建造物】 神殿、渡殿、拝殿、社務所
【境内坪数】 三百坪
【氏子区域及戸数】 百十二戸
【境内神社】 大山祇神社
【末社】 大山祇神社
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公開日2014/05/11
更新日2014/05/11
その他の写真
神社入口風景
一の鳥居
一の鳥居扁額
神社案内板
参道階段
ニの鳥居
狛犬(阿形)
狛犬(吽形)
お潮井台
注連掛石
社務所
社殿正面
社殿正面
拝殿前狛犬(阿形)
拝殿前狛犬(吽形)
拝殿内
社殿全景
社殿全景
社殿全景
本殿
社殿背景
境内神社、大山祇神社