[0396] 志賀海神社(しかうみじんじゃ)
正面写真・地図
神社情報
神社№ 0396
神社名 志賀海神社(しかうみじんじゃ)
神社別名 
参拝日 2012/08/01
再訪日 2014/04/16
社格  官幣小社
その他社格式内社(志加海神社三座、並名神大)、別表神社
ご祭神底津綿津見神、仲津綿津見神、表津綿津見神
由緒等
志賀海神社

祭神は、底津綿津見神・仲津綿津見神・表津綿津見神。海神の総本社と称えられる当社は、海上守護の神として『万葉集』にも詠われ、古来より信仰されています。毎年1月2日には古式神事「歩射祭」は始まり、近年では1月15日に近い日曜日に、8人の射手が神社参道に立てられた大的を弓で射る「歩射」がおこなわれています。また、神幸行事の他、春と秋の「山ほめ祭」も県の文化財に指定されています。境内には、鹿の角1万本をおさめた鹿角堂、万葉歌碑などがあります。

福岡市

志賀海神社と文化財

志賀海神社は綿津見三神を祭り、古来より海の守護神として信仰されてきました。海上交通の要所である玄海灘を臨む博多湾の入口に鎮座し、海人部の伴造として著名な阿曇族に奉祀されました。大同元年(806)には阿曇神に神封八戸が与えられ、貞観元年(859)には志賀海神に従五位上、また元慶4年(880)には賀津万神(志賀島勝馬の祭神)に従五位下の神階が授けられています。平安時代の『小右記』には志賀海神社社司の対宋交通が記され、中・近世には大内氏、小早川氏、黒田氏の加護を受けていたことが当社に伝えられた文書(福岡市指定文化財)によってわかります。
社蔵の鍍金鐘(国指定重要文化財)は高麗時代後期の特色がよく表われ、境内の完存する石造宝篋印塔(福岡県指定文化財)は銘文から貞和三年(北朝年号1347年)に造立の時期が考えられます。
この神社の神事のうち、1月中旬に厄疫退散と五穀豊穣、豊漁の意味を兼ねて行われる「歩射祭」、4月15日と11月15日の春秋に神功皇后伝説にちなんで狩漁を演じる「山ほめ祭」、10月初旬の夜間に遷幸・遷御と芸能が奉納される「神幸行事」はいずれも福岡県の無形民俗文化財に指定されています。

2000年3月 福岡市教育委員会

万葉歌碑(志賀島第一号歌碑)

ちはやぶる鐘の岬を過ぎぬとも
 われは忘れじ志賀の皇神 (巻七・一ニ三〇)

「航海の難所である鐘の岬を過ぎたとしても、わたしは海路の無事をお願いしたこの志賀の神様を忘れません。」という意味の歌です。
ちはやぶるとは凶暴なとか勢いが強い意味とされ、鐘の岬は現在の宗像市鐘崎の織幡神社が鎮座する岬で、対峙する地島との間の瀬戸は航海の難所でした。志賀島から船出して奈良の都へ向かう官人が詠んだものです。

ニ〇〇四年三月 福岡市教育委員会

福岡県指定有形文化財(考古資料)
石造宝篋印塔

宝篋印塔はもともと過去・現在・未来の幸福を願った仏典(宝篋印陀羅尼経)を納めた塔で、わが国では石塔婆の形式の名称となっています。
志賀海神社のこの石造宝篋印塔は花崗岩を用い、高さは334.5㎝です。上部に反花座のある基礎、立方体の塔身、ニ弧式馬耳形の隅飾りをもつ笠、その上の相輪の四石からなり、塔身の四方には文殊、宝生、阿弥陀、不空成就の四仏の梵字を、また基礎には二面にわたり造立者と貞和三年(1347)の造立年を刻んでいます。
完存する宝篋印塔としては県内最古であり、その清楚な姿からしても、福岡県を代表する石造物のひとつです。

1998年3月 福岡市教育委員会

烏帽子石・陰陽石

恵比須様の烏帽子や大黒様の頭巾に似た石をはじめ男女を象徴する陰陽石といった奇石が数多く奉納されています。

志賀海神社略記

御祭神
左殿 仲津綿津見神
中殿 底津綿津見神
右殿 表津綿津見神

御由緒
古来、玄界灘に臨む交通の要衡として聖域視されていた志賀島に鎮座し、「龍の都」「海神の総本社」と称えられ、海の守護神として篤く信仰されている。
御祭神は、伊邪那岐が筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原において禊祓(ミソギハラヒ)をされた際に、住吉三神と共に御出現された綿津見三神で、神裔阿曇族によって奉斎されている。
御祭神が、禊祓で御出現された神であることから不浄を特に嫌い、諸々の穢・厄・災・罪を祓い清め、また、海の主宰神であることから水と塩を支配し、私達の生活の豊凶をも左右する御神威を顕現されている。
当社の創建は明らかではないが、古来、勝馬の地に表津宮・中津宮・沖津宮の三社で奉斎されていた。二世紀(遅くとも四世紀)に表津宮(底津綿津見神)が当地勝馬山に遷座、併せて仲津綿津見神・表津綿津見神が奉祀されたと伝えられている。
往時の社殿は壮麗で、末社三七五社、社領五十石を有し、奉仕する者も百数十名いたなど繁栄を極めた。社伝には神功皇后の伝説を多く残し、元寇の役など国家の非常の際に嚇々たる御神威を顕示されたことから、社格も貞観元年(八五九年)従五位上、『延喜式』には明神大社、大正十五年(一九ニ七年)には官幣小社の殊遇をうけている。

御例祭
御神幸祭 十月第ニ日曜日前後(隔年斎行)
国土祭 十月第ニ月曜日(流鏑馬奉納)

特殊神事
歩射祭、御神幸祭、山誉(種蒔)漁獲祭(福岡県無形民俗文化財)

亀石 遥拝所

その昔神功皇后が三韓へ出兵される際、正面対岸の打昇浜にある亀ヶ池亀住池の辺りにて無事凱旋できるよう阿曇磯良丸を通じ祈願され、七日七夜の神楽を奏されました
すると黄金雌雄の亀に乗った志賀明神と勝馬明神が出現され皇后へ千珠満珠の玉を授け、船の舵と航路を守り導いたと伝えられ黄金雌雄の亀は亀ヶ池亀住池に放たれましたが、後に石となって現在の金印公園近くに現われ、寛文十年(一六七一)四月十一日に社前に納められました
遥拝所は右斜め対岸の大嶽神社・小嶽神社と正面真東の伊勢の神宮、宮中三殿等を拝します

海神ノ総本社 龍ノ都
志賀海神社
災厄祓除 病気平癒 子供守護 交通安全 海上安全
御祭神
左殿 仲津綿津見神(相殿 神功皇后)
中殿 底津綿津見神(相殿 玉依姫命)
右殿 表津綿津見神(相殿 応神天皇)

摂社 四社
沖津宮(表津綿津見神・天御中主神)、仲津宮(仲津綿津見神)
今宮神社(宇都志日金析命・住吉三神・阿曇磯良丸をはじめ神孫阿曇諸神)
弘天神社(伊邪那岐神、伊邪那美神)
大嶽神社(志那都比古神・志那都比売神・大濱宿禰・保食神)

末社 十九社(志賀十二社、勝馬五社、弘一社、大岳一社)

御由緒
神代より「海神の総本社」「龍の都」と称えられ、玄界灘に臨む海上交通の要衝である博多湾の総鎮守として志賀島に鎮座し、厚く信仰されている志賀海神社は、伊邪那岐命の禊祓によって御出生された綿津見三神を奉祭している。
御祭神「綿津見三神」は海の底、中、表を守り給う海の主宰神として、海上交通の安全をはじめ塩・魚介類といった海産物の御恵をもたらす神と篤く信仰され、禊祓の神として不浄や災厄を祓い清め、さらに水と塩(潮)を支配し、潮の満干によって人の生死をも司るとされることから人の命や生活の吉凶をも左右するとされている。
古来、綿津見三神を奉斎してきた神裔「阿曇族」は、志賀島を一大拠点とし、国内・大陸との交易を広く行い、経済的・文化的に高い氏族であった。その交易の足跡が対馬、兵庫、長野県安曇野市穂高、石川県志賀町、滋賀県安曇川、愛知県渥美半島など「しか」「あつみ」と称した地名に多く見られる。
創建は明らかではないが、往古より勝馬に表津宮・仲津宮・沖津宮の三社で奉斎されており、凡そ一八〇〇年前、神功皇后の三韓出兵に際し舟師を率い御舟を導き守り給うた阿曇磯良丸をして表津宮を当地の勝山の麓に遷座したと伝えられている。『三代実録』では貞観元年(八五九)従五位上、『延喜式』には明神大社に列せられ、神仏習合の御世では金剛山吉祥寺と称されていた。
中世、元寇の役など国家の非常に際しては赫々たる御神威を顕し給い、尊崇も深厚を極め社殿は壮麗で末社三七五社、社領五十石、奉仕する者百数十名と繁栄した。兵乱の世に衰微したが、豊臣秀吉の寄進や大内義隆、小早川隆景、小早川秀秋、黒田長政等諸将の寄進もあり、今から約三五〇年前に現在の社殿が再興、大正十五年(一九ニ六)官幣小社に昇格している。神社への参詣は鹿島立(志賀島立)として海陸空の旅行を守られ浦参宮或は島参宮と称し、今なお海の守護神、禊祓の神、再生回帰の神として篤く信仰されている。
神社を中心に志賀島では、御祭神が禊祓の神であるが故に、神事に携わる時や参詣の折は厳しく斎戒を守り続けている。白砂青松の海ノ中道を有し、マテバシイの老樹鬱蒼とした古代の森と神跡を守り続けているこの姿こそ古代から連綿と続く阿曇族の姿である。

ちはやぶる金之三崎を過ぎぬとも吾は忘れじ牡鹿の須賣神(万葉集 巻七)
名にし負ふ龍の都のあととめて波をわけゆく海の中道(細川幽斎)

御神徳
海上守護・交通安全はもとより諸厄を祓い清め、再生回帰の神として災厄祓除、病気平癒、健康長寿、家内安全、又、その昔松浦より連れ去られた子供たちを助けられたことから子供守護のご神徳があるとされ厚く信仰されている。

祈願受付
災厄祓除、病気平癒、健康長寿、子供の成長、家内安全、交通安全、海上安全などご祈願を受け付けております。社務所までご相談下さい。

祭典
・例大祭
 国土祭(例大祭) 毎年十月第ニ月曜日午前九時
 御神幸祭(神輿渡御) 隔年国土祭前日日曜日午後七時(無形文化財)

・特殊神事
 歩射祭 一月十五日近くの日曜日(無形文化財)
 山誉種蒔漁猟祭 四月十五日(無形文化財)
 七夕祭 八月六~七日 事無柴、志賀茶の授与
 男山祭 十月一日 みくじあげ神事
 山誉漁猟祭 十一月十五日(無形文化財)

御神宝
鹿ノ角(一万本以上)、高麗鍍金鐘(重要文化財)、宝筐印塔(県指定文化財)、細川銅剣鎔笵(県指定文化財)、社殿古図絵巻、神功皇后出兵絵巻、伝朱雀天皇宸筆、朱印状(豊臣秀吉ほか)、雲生太刀、鯨絵馬 ほか
ご朱印
鎮座地区福岡市東区
郵便番号811-0323
所在地福岡市東区志賀島877
地図座標33.668001,130.313178
公式HPhttp://www.shikaumi-jinja.jp/
福岡県神社誌
【社名】 志賀海神社 [A00-0008]
【所在地】 糟屋郡志賀島村大字志賀島字勝山
【祭神】 底津綿津見神(中殿)、仲津綿津見神(右殿)、表津綿津見神(左殿)、配祀玉依姫命(中殿)、神功皇后(右殿)、応神天皇(左殿)
【由緒】 当神社略記に曰く、人皇第十二代景行天皇即位十二年、九州御巡幸の砌当社に祈祷あらせらる。因て見るに御創建は是より遥に上代なること確かなり。
古事記上巻に、此三柱綿津見神者阿曇連等之祖神以伊都久神也。阿曇連者其綿津見神子宇都志日金拆命之子孫也。
旧事記に底津少童命、仲津少童命、表津少童命(綿津見神の別号)此三神者、阿曇連等所祭筑紫斯香神也。即ち神代の昔伊弉那岐大神筑紫の日向の橘の小戸の檍原に禊祓ひ給ひ、心身の清浄に帰り給ひし時生れ給ひし御神にして、海神の総本社として鴻大無辺の神護を垂れ給ひ、諸々の海の幸を知食し給ふ故に、神功皇后御征韓に際しては、神裔阿曇連磯良丸命をして舟師を率い御舟を導かしめ給ひ、又元寇の役、近くは日本海海戦等国家非常に際し赫々たる御神威を顕はし給へり。されば屢々勅使の奉幣あり、延喜の御代には名神大社に列せられ或は封戸を奉り神階を給ふ等、上下の尊崇深厚を極め、神領等も頗る多く、仲津宮沖津宮と共に三社別々に鎮祭せられ結構壮麗を極めたりしが、其の後久しく兵乱打続き神領等も次第に失ひて漸次衰微するに至れり。然るに豊臣秀吉九州出陣に際し、朱印地の寄進ありたる外、大内義隆、小早川隆景、小早川秀秋、黒田長政等諸将相ついで社殿の造営神領の寄進等ありて、凡そ面目を改めたるも尚到底昔日の比にあらず。明治五年四月十五日僅かに村社に指定せられたる状態なりしが、大正十五年一月四日官幣小社に昇格仰出されたり。
 千早振る金の御崎を過れ共われは忘れし志賀の皇神 万葉集
 御笠山さしてやかよふ志賀の島神のちかひのへたてなけれは 細川幽斎
神社は諾尊禊祓の古事を伝へ、天浮橋の伝説を秘する白砂青松長汀三里の海の中道さながらに沼矛の如く海表に突出したる処僅に長橋を以て結べる霊島にして、神域は所謂志賀三山と称する勝山、御笠山、衣笠山を負ひ、面積凡そ三万坪老樹鬱蒼として森厳幽邃極まりなし。社殿東方直下は黒潮躍る玄海の怒涛玉を結び、正面はこれ天然の良港博多湾鏡の如く静かなり、古来龍の都或は龍宮と称せられたるも又以て故あることなり。
 名にし負ふ龍の都のあととめて波をわけゆく海の中道 細川幽斎
 浪風をおさめて海の中まても道ある国にまたも来て見む 宗祇法師
海神として、帝国海軍の祖神として、或は漁業者海運業者等の守護神として信仰最も厚く、或は禊祓の神として除災開運を恵ませ給ひ、吾人が日常缺くべからざる御鹽(鹽気)を授け給ひ、又潮の満干により人の生死(命)を司らせ給ふ外、鹿島立(志賀島立)と称し海陸空の旅行安全武運長久を守護せらる。依て古来裏参宮或は島参宮と称し、庶民の信仰極めて篤し。
【特殊祭事】 ・歳旦祭 旧正月元日
朝未明に神職と共に社人ニ十一人(六十歳以上の老人)の玄海の浪打寄する当社禊場に於て各自禊をなし、昇殿二十一人の社人大祓詞参囘奏上す。是を前祓と称す、此の奏上終りて祭典開始せられつつあり、年中百八十余度の各祭儀は凡て是を斎行す。
・謠初祭 旧正月ニ日
謠初の式あり、此の日早朝宝蔵より謠本綿津見一巻を神前に出し、宮司祝詞奏上後祝詞座に於て綿津見一巻を謠ひ、畢つて玉串奏奠。此の祭典終了後神職全員社人ニ十一名阿曇家に至り所定の座席に著座、酒肴飯の馳走に預る事前、神職社人交々謠を謠ふ。此の事終りて氏子初めて謠竝に歌等唱ふ慣例なり。
・歩射祭 旧正月十五日
天下泰平、五穀豊穣、悪魔退散の為とて、射手八人を定め、例年正月二日、一番座の一老職より六人目の家を稽古場と定め藁三十三把を以て巻藁を仕立て注連縄張り廻はし、同日より十日迄最も不浄を慎み之が稽古をなす。同月七日初門出とて町筋三町に的をかけて射るなり、同月十一日より神社に籠り、朝暮海に入りて水垢離を取る、初日より十五日朝まで町筋三町の行事は七日に同じ、初日より巻藁に射たる稽古矢(約三千五百本余)を村中家毎を矢をつがへて射て拂ふ、尤も不浄の家は行はず、同月十四日射手八人勝馬神社御両社へ参詣、同所の荒磯に入り海水に身を浄め十五日の歩射祭を行ふ。
当日の的は直径六尺にして「コマナカ」は八寸なり、此の八寸の内に当るやう射手士八人荒行をなす、「コマナカ」に当らざる者は「スノコリ」と称す、射る所より的迄十二間なり。
・山譽 種蒔、漁獲祭、旧二月十五ニ日
古来斎行せられつつある特殊祭事にして、祭典後神饌に供へし籾を蒔く行事、竝に唱へ事等種々ありて社頭殷賑を極む。
・節句祭、田起祭 旧三月三日
社人八乙女悉く出社、当日は神饌中菱餅、紅白餅、草餅、竝に磯物、貝、海草、種々阿曇家より献供す。陪膳瓶の蓋取りし後、瓶に取添へある神酒に桃の花一枚宛挿す。
祭典後神前前庭に於て、田起の儀社人ニ十一名にて奉仕、夫々儀式唱詞等あり。後八乙女舞奉献。鍬は女竹と縄とにて三本作りたるを用ふ。
・田植祭 旧五月五日
古式に則る田植の行事、祭典後斎行す。
・七夕祭 旧七月七日
古来斎行せられ、夏の大祭にして当日は市が立ち社頭賑かなり。
・男山祭 旧九月一日
神饌祝詞奏上後直ちに祝詞座より進みて昇殿し「幣」の神占により当年御神幸の可否を決するに依り殊に大切なる祭なり。神占により御神慮に叶ひたる時は九月八日御神幸を行ふ。時によりてはニ三年も続きて御神幸あることあり、又時として四五年も御神幸なき時あり、斯かる際は神職としては巳の祭祀の精神が薄弱なる結果なりとして、神と氏子に對し最も恐縮する所なり。
・国土祭 旧九月九日
当日未明氏子内の男児にして、其の年に生れて百日を経たる小児は、母之を懐にして阿曇家に到り、其の子年老いたる後は古老として氏神官幣小社志賀海神社に奉仕すべきを誓ひ御神酒を捧ぐ。阿曇家に於ては其の子の父母をして随意に六座の内一を選ばしめ、之を座帳に記入し其の子へ神酒を授く。然して其の日より初めて其の子は一人前の氏子と認めらるることとなる。
斯くて小児が年老いて後古老に欠員を生じたる時は、座帳により順次古老に推薦せらる。故に座帳に記入なきものは年老いたりとも神社に奉仕すべき資格無きものとなる。
古老、二十一人
禰宜座、 一良、ニ良、三良、四良
大宮司座、 一良、ニ良、三良、四良
別当座、 一良、ニ良、三良、四良
検校座、 一良、ニ良、四良
宜別当座、 一良、ニ良、四良
楽座、 一良、ニ良、四良
各座の中禰宜座を上席とす。禰宜座、大宮司座、別当座を大座とし、検校座、宜別当座、楽座を小座とす。
大座の上位なる一良は各十日間神社に出仕し諸祭の手伝をなす。其の他の古老は祭典の際のみ奉仕、各古老の祭典に奉仕するは小祭以上なり、故に拝殿に各上位下位の席に着くを以て多数の祭員となる。
神饌品は各座四良調理す、其の係長は大宮司三良之に当る、各古老は出社の際は必ず外海に禊をなして出仕すること厳重なり。
・知子祭 旧十一月十三日
往古松浦潟の或る漁村の小児、唐船に誘拐せられんとしたる時、当社の御神助に依り救助せられたる其の報賽祭を行ふ。此の日神饌餅を搗く、此の餅を知子餅と云ふ、子供祭に参列の小児に授与す。
・元服祭、子供祭 旧十一月十五日
元服祭は氏子内十九日歳の男子禊をなして此の祭典に参列す。
子供祭は氏子内三歳、五歳、七歳の小児等参列の上祭典す。
当社は年中百七十度の諸祭典あり。夫れ夫れ由緒あれども之を略す。
【例祭日】 九月九日
【主なる建造物】 本殿、拝殿、楼門、神饌所、社務所、神庫
【主なる宝物】 古代半鐘(国宝)朱雀天皇御宸筆、御太刀(雲生作)、社頭古図、神功皇后御征韓御絵図、古文書、狗犬、鹿の角(数千本)
【境内坪数】 八千五百二十六坪
【氏子区域及戸数】 志賀島村の内字志賀島字勝馬、字弘、戸数約五百戸
【境内神社】 今宮神社(宇都志金拆神、住吉三神、天児屋根命)、惣社(八百万神)、大神宮(天照皇大神、豊受大神)、祇園社(素戔嗚命)、荒神社(奥津比古神、奥津比売神、火産霊神)、松尾社(大山咋神)、秋葉社(火具土神)、磯崎社(大己貴神、少彦名神)、山神社(大山祇神)、船玉社(天磐楠船神)、不勿来社(久那土神)、愛宕社(加具土神)
【摂社】 沖津神社(表津綿津見神、天御中主神)、仲津神社(仲津綿津見神)
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公開日2012/11/11
更新日2014/05/04
その他の写真
参詣道脇社号標
志賀島・海の中道観光マップ
参詣道一の鳥居
神社入口風景
神社入口正面
志賀海神社説明板
社号標
八月(葉月)祭事表
猿田彦命
参道階段下御潮井
参道階段
ニの鳥居
ニの鳥居扁額
参道風景
志賀海神社と文化財
境内神社、印鑰社
境内神社、印鑰社説明板
境内神社、印鑰社全景
参道風景
万葉歌碑
万葉歌碑説明板
石造宝篋印塔
石造宝篋印塔説明板
境内前風景
献歌碑
狛犬(阿形)
狛犬(吽形)
境内神社、山之神社
境内神社、山之神社説明板
楼門全景
楼門全景
神橋
楼門通路
烏帽子石・陰陽石
烏帽子石・陰陽石説明板
手水舎
由緒書き
社務所
授与所
鹿角堂
鹿像
鹿角堂鹿角
鹿角堂全景
社殿正面
社殿正面
社殿正面
社殿正面
拝殿内
拝殿神額
遥拝所
亀石
亀石、遥拝所説明板
拝殿
本殿
社殿背景
境内神社、右から惣社、大神宮社、祇園社、荒神社、神庫、不詳、神庫、松尾社、秋葉社、熊四郎稲荷
神輿庫
境内神社、今宮神社正面
境内神社、今宮神社由緒書き
境内神社、今宮神社拝殿内
境内神社、今宮神社全景
境内神社、今宮神社本殿
境内神社、今宮神社背景
拝殿横景
社殿全景
神庫?
神橋
境内前風景
参道から望む博多湾
神社入口鳥居(駐車場側)
神社入口鳥居(駐車場側)
神社入口鳥居扁額(駐車場側)
神社入口(駐車場側)