[0418] 老松神社(おいまつじんじゃ)
正面写真・地図
神社情報
神社№ 0418
神社名 老松神社(おいまつじんじゃ)
神社別名 
参拝日 2013/10/19
再訪日  
社格  村社
その他社格 
ご祭神斎世親王、菅原道真公、正三位中将英明公
由緒等
老松神社の御由緒記

一、御祭神 三柱
 右殿 斎世親王(人皇第六十代醍醐天皇の弟君 道真公の御息女の御婿君)
 主神 菅原道真公
 左殿 正三位中将英明公(斎世親王の御長男)

老松神社(生田の森)の草創は古く、上古大宰府天満宮の神領地であったので、正二位菅原道真公御一門の方々が御祭神として祀られている。尚神領地になった歴史は不詳なるも、天満宮安楽寺草創日記に記載されている史実に基き、道真公は承和十二年六月ニ十五日(八四五年)古人、清公、是善と代々学者の家として朝廷に仕えた菅原家にお生れになった。
天賦の才は幼少の頃より人々を驚かせられた由、昌泰三年(九〇〇年)九月宮中清涼殿の菊の詩会で詠まれた詩

君は春秋に富み 臣は漸く老いたり
恩は涯岸なく 報ゆること猶遅し
恩賜の御衣拝受

延喜三年(九〇三年)二月二十五日栄光と苦難の五十九歳の生涯を終えられた。其の後、延喜十九年勅命により天満宮安楽寺が建立された。さらに朝廷は延喜二十三年(九ニ三年)四月、道真公を右大臣に復し、正歴四年(九九三年)太政大臣の位を贈り、公の御霊を慰めることにつとめられた。

御社殿は永正十二年(一五一五年)乙亥年に多々良朝臣弘詮が建立した。しかしそれは天正十四年(一五八六年)八月、秀吉公の九州出兵により高鳥居城(岳城)攻防の際焼失した。後、慶長九年(一六〇四年)黒田継高候のときに再建された。
其の後再修理されて現在に至る。明治五年十一月三日村社に列格、昭和四年十月十五日神饌幣帛料供進社指定

希くは神明此の誠志を照覧あって国家安康と人々の幸福を無窮に護らせ給え

御大典記念 新町区

祭事表

一、一月一日 新年祭
 四月ニ十五日 春季大祭
 七月六日 夏祭
 七月下旬 子供奉納相撲祭
 九月ニ十五日 例祭
 十月十七日 おくんち祭
 十一月第二日曜日 七五三祭
 十一月初旬 大麻領布始祭
 十二月三十一日 除夜厄除大祭

ニ、お宮参り、土地、家の清祓、地鎮祭、起工式、車の清祓その他お気軽にお電話下さい。

九四七-〇一六六番(宮司)
老松神社

本社の祭神

斎世親王
菅原道真公
三位中将英明卿

境内神社
神武宮 神武天皇
貴船神社 高龗神 闇龗神
風神社 級長都彦神 級長戸辺神
須賀神社 建速須佐男命
稲荷神社 庫稲魂命
桜木神社 大山祇大神
ご朱印 
鎮座地区糟屋郡
郵便番号811-2413
所在地糟屋郡篠栗町尾仲732
地図座標33.620279,130.517189
公式HP 
福岡県神社誌
【社名】 老松神社 [A00-0105]
【所在地】 糟屋郡勢門村大字尾仲字萬乗寺
【祭神】 斎世親王、三位中将英明、菅原神
【由緒】 縁起書蟲付不詳、明治五年十一月三日村社に定めらる。
社説に上古より生田森と称へし鎮座の産土神なり。大同年中の頃は追門郷の惣社なりしが、永正年中兵火の為め焼失し、其後再建せし神社なり。
【例祭日】 十月二十五日
【神饌幣帛料供進指定】 昭和四年十月十五日
【主なる建造物】 本殿、幣殿、拝殿、社務所、水屋、鳥居、七五三掛
【境内坪数】 一千六十六坪
【氏子区域及戸数】 大字尾仲一円 百四戸
【境内神社】 神武神社(神武天皇)、日吉神社(大山祇神)、貴船神社(高龗神、闇龗神)、曽我神社(祐成、時宗)、水神社(水波能売神)、桜木神社(大山祇神、木花開耶姫神)、祇園社(素盞嗚命)、風神社(級長都彦神、級長戸辺神)
コメント 
公開日2013/10/27
更新日2013/10/27
その他の写真
神社全景
一の鳥居
一の鳥居扁額
参道風景
社号標
由緒書き
猿田彦尊
祭事表
神橋
ニの鳥居
ニの鳥居扁額
境内前階段
注連掛石
手水舎
社殿正面
社殿正面
臥牛
狛犬(阿形)
狛犬(吽形)
拝殿神額
拝殿内
社殿全景
社殿全景
社殿全景
本殿
境内風景
社務所
境内神社(不詳)
祭神表
土俵
境内神社(不詳)
ご神木
ご神木根元
境内見取り図
神社裏口