[0703] 二日市八幡宮(ふつかいちはちまんぐう)
正面写真・地図
神社情報
神社№ 0703
神社名 二日市八幡宮(ふつかいちはちまんぐう)
神社別名 
参拝日 2015/11/22
再訪日 2015/12/05
社格  郷社
その他社格 
ご祭神神功皇后、応神天皇、玉依姫命
由緒等
筑紫野市指定文化財(天然記念物)
二日市八幡宮神木の公孫樹

所在 筑紫野市二日市中央三丁目八八五
指定 昭和五十九年十一月一日

天正十四年(一五八六年)島津義久の率いる薩摩勢は高橋紹運が守る岩屋城を攻め落とし、その帰りにこの公孫樹を伐り倒そうとしました。このとき長百姓惣左衛門の妻とやまだ家の老婆が駆けつけ、老婆が「これは当所の氏神八幡宮の神木なり、たちまち御罰を蒙るべし」といい、そのまま木に抱きつき「この木を伐り申さば先ずこの姥を伐り、それよりこの木を伐り候え」と言い放ったところ、伐り倒そうとした者たちは、その勢いに怖れたのか、斧を棄てて立ち去ったといわれています。

筑紫野市教育委員会

八幡宮別棟保存会紀念碑

二日市八幡宮鎮座以来既一千四百二十余年矣全村奉為産土神歳時祭祀〼〼尊崇極〼〼星霜之久不能無祠殿頽敗之処明治十二年村内有志者大賀嘉一郎外二十三人相議〼〼全得金三百六十二円乃以之為〼種保存金建利殖法協同管掌之創設以降凡三十余年間前後支出金三千二百十五円以供社殿営繕及拡張之〼大正四年全村合議〼神社保存〼金乃又特出別種金一千円賛加〼挙此当初醵金以来出納之概計也然而〼〼挙現在所有之財産則現金四百十四円米一百六十三〼田地一町三反七畝二十九歩也何基本之〼而増殖之〼実可驚也要之同志諸子維持得宜之所〼可謂其功偉〼今茲大正五年廿四家之子孫更〼究永世持久之道明規約厳計算神社用之外堅禁濫出〼偶会天災地変〼〼機協議処分之一切不許外人干渉将使祖先遺志千載不〼〼也抑神人一理人誠於神〼神〼誠於〼放詩曰祀事〼明〼孫有慶報以人福万寿無〼鳴〼神霊之威徳昭々如斯人其可不畏敬而致誠哉

旧碑建明治十七年〼大賀忠宗之撰文今将代石碑以銅碑有志諸子〼請文〼〼因追補旧碑以後之事実且明記金額物数以供後世之参證若夫文〼〼一導〼原文〼如修正〼

大正五年十一月十五日
久留米 東菴〼藤 謹撰
同 椿山大坪忠三書〼篆額

二日市八幡宮昇格記念之碑

惟神ノ大道ハ蕩蕩トシテ皇威維揚リ敬神ノ美風亦猗猗トシテ萬民益栄ユ二日市町ハ西都古府ニ要衝ニ立チ土地殷賑商沽繁栄シ月毎ニ戸増シ歳毎ニ人殖ユ是産土神二日市八幡宮神明ノ加護ニヨラズンバアラズ二日市八幡宮ハ古ク筑紫ノ名社トシテ宇佐八幡宮ヲ勧請シ戦国時代ノ兵燹ニ神宝文書悉ク烏有ニ帰セシモ藩主黒田公ノ入国ト倶ニ其尊崇尤モ篤ク永ク藩主ノ祈願所ト為リテ王政維新ニ及ベリ明治十一年二日市町大賀嘉一郎氏外廿三氏廃頽セル二日市八幡宮ノ社殿ヲ修営シ或ハ義金ヲ拠出シ或ハ田畒ヲ施入シ以テ維新ノ費ニ充ツ濫觴ノ水モ後ニハ滔滔タル長江ヲ成シ大正十二年ニ至ツテハ維持費参千九百六拾円及ビ施入田畒売却高七千八百八拾余円ヲ算シ是ヲ以テ明年拝殿渡殿ニ銅板葺トシ向拝ヲ設ケココニ森厳ナル権現造ノ社殿ト為リ隣地百廿坪ヲ新ニ購入シテ神域ニ加ヘ遂ニ昭和ニ年一月七日郷社ニ昇格セラル清楚ナル祠殿ハ神域ノ翠緑ニ相映ジ天拝山ノ麓御笠川ノ畔永ク士庶其神徳ヲ仰グ其今日アルモノ明治初年西南多事戦塵相連リ亦社祠ヲ顧ミルモノ無キノ秋ニ当リ大賀氏外廿三氏ガ克ク祖道恢弘ノ為メニ盡瘁セラレシニ軄由スルモノトシテ実ニ徳ヤ孤ナラズト謂ツベシ郷社昇格記念ノ豊碑ヲ建テントシ予ニ文ヲ徴セラル予ヤ方史研鑽ノ学究トシテ辞スルコトヲ得ズ茲ニ其沿革ノ梗概ヲ叙スト云爾

昭和二年九月十五日 筑前後学 木下讃太郎撰

由緒記

御祭神
玉依姫命
応神天皇
神功皇后

当神社は御鎮座以来凡そ千四百余年社殿は藩主黒田忠之公の建立で宇佐八幡宮の分霊を祀る。文明五年の古文書に二日市の宇佐八幡と称し神木の銀杏樹は御神霊の御加護によって天上の兵禍を免れたので厄除の銀杏といい伝えられている。古来より縁結び・安産・家内安全・開運の神として尊崇され、ご神供の銀杏は災難消除の霊験がある。

祭事
一月一日 歳旦祭
一月七日 どんど焼祭
二月十一日 建国祭
四月第二土曜日 春季大祭 おんな神輿
七月十四日 夏祭 子供神輿
七月三十一日 夏越え祭 茅輪くぐり 大祓式
十月十四日 秋祭前夜祭
十月十五日 秋季例大祭 神幸式
十一月十五日 七五三祭
十一月二十三日 新嘗祭
十二月三十一日 古神札焼納祭 大祓式 除夜祭
毎月一日・十五日 月次祭

神木銀杏樹について
古記録二日市庄屋覚書に岩屋城の戦の時、秋月種実公から薩州へ助勢をたのんだので島津勢が攻めてきて岩屋城主高橋紹運公を討ち亡ぼし帰りに当所氏神八幡宮の銀杏樹を伐ろうとしました。
其節長百姓惣左衛門の後家で八十歳の高齢になった老母がこの乱暴沙汰を耳にし早速かけつけ「これは当所の氏神八幡宮の神木です。そんなことをしたらたちまち御罰をこうむりますぞ」と言い、そのまま木に抱きつき「この木を伐りなさるならば、まずこの婆々を斬ってからにしなさい」と身をもってはばみました。島津の者ども恐れをなしたか、ついに斧をすててそのまま立ち去ったということです。
この時銀杏樹は半分ほど伐りこまれていました。今でもその伐り跡があります。所の人民若い人等男女いずれもこの伝を聞き覚え何かの時には話の種にすることです。(原文は候文)

岩屋城の合戦は、天正十四年(一五八六年)のことであるから約四百十余年も昔のことで、そのころすでに神木として信仰されていたのがこの銀杏樹であります。

二日市八幡宮
ご朱印
鎮座地区筑紫野市
郵便番号818-0072
所在地筑紫野市二日市中央3丁目6-35
地図座標33.497295,130.517146
公式HPhttp://80000gu.or.jp/
福岡県神社誌
【社名】 八幡宮 [A00-0506]
【所在地】 筑紫郡二日市町大字二日市字龍頭
【祭神】 神功皇后、応神天皇、玉依姫命
【由緒】 当社は宇佐八幡宮分霊を請せし由当地は豊前国莵狭神社の神霊なりし由を伝ふ今の二日市は紫村と同一にして紫名尤古し(菅公の歌にもちくしにも紫生る野辺はあれと云々)
而して旧暦九月十五日、十一月一日祭典す文明五年の古文書に二日町の宇佐八幡と記載せるあり爾後紫二日市と区別し両村の産土神とす文政四辛巳年觸宗社の称となる県郷村社の格式を立てさせられ該社も亦村社に列す明治九年十一月三日村社に定めらる。
明治四十三年十月十四日神幸(大字二日市字船入大字紫字五穀神に隔年)再興許可昭和二年一月七日郷社に定めらる。
【例祭日】 十月十五日
【神饌幣帛料供進指定】 昭和二年一月十八日
【主なる建造物】 本殿、幣殿、拝殿、社務所、神饌所、神庫、手水舎
【境内坪数】 六百四十六坪一合八勺
【氏子区域及戸数】 二日市町、紫区 八百十九戸
【境内神社】 大神宮(天照皇大神)、秋葉社(味耜高彦根神、火産霊神、下照姫神)、宇賀神社(宇賀之御魂神)
コメント 
公開日2016/02/14
更新日2016/02/14
その他の写真
神社入口風景
注連掛石
鳥居
鳥居扁額
社号標
お潮井台
手水舎
二日市八幡宮神木の公孫樹碑
八幡社耕地碑
八幡宮別〼〼〼〼紀念碑
二日市八幡宮昇格記念之碑
由緒書き
神馬
御神馬再建頌徳碑
社殿正面
社殿正面
拝殿内
狛犬(阿形)
狛犬(吽形)
社殿全景
本殿
社殿背景
境内神社(大神宮)
日露戦役彰功紀念之碑
境内神社(秋葉社)
大楠
神社裏口狛犬(阿形)
神社裏口狛犬(吽形)
神社裏口鳥居