[0929] 神在神社(かみありじんじゃ)
正面写真・地図
神社情報
神社№ 0929
神社名 神在神社(かみありじんじゃ)
神社別名 
参拝日 2016/06/11
再訪日  
社格  村社
その他社格 
ご祭神天常立尊、国常立尊、伊弉諾命、伊弉冊命、瓊々杵命、彦火々出見命、菅原神
由緒等
神在神社由緒

一、鎮座地 福岡県糸島市神在八〇一番地

二、祭神 
天常立尊(あめのとこたちのみこと)天を守る神、陸・海交通守護、特に航海安全、縁結び
国常立尊(くにのとこたちのみこと)地を守る神、縁談成就、子授け、安産などもろもろの願い事
伊弉諾命(いざなぎのみこと)国土の基礎を築いた神、国家安泰、子孫繁栄、五穀豊穣
伊弉冊命(いざなみのみこと)国土の基礎を築いた神、家内安全などの願いごと
瓊瓊杵命(ににぎのみこと)五穀豊穣、大漁、交通安全の神
彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)五穀豊穣、豊漁、雨乞い、一家繁栄の神
菅原神(すがわらのかみ)文章博士であったので学問の神様として敬う、学問全般にわたり御利益あり。

三、由緒
第二十八代宣化天皇の二年壬辰(五七二)征新羅将軍に任ぜられた大伴連狭手彦は、新羅遠征と任那・百済救援の成功と渡海の安全を為すため都(奈良県高市郡)より七世の神(国常立命・伊弉諾尊・伊弉冊尊・瓊瓊杵尊・彦火火出見命・保食命・大己貴命を勧請し、当地に神社を建立したのが神在神社の始まりとされています。最初は牧の天神山に在って勝れた神徳に人々が集まり村ができ、盛んに信仰されました。しかし戦国時代となり激しい戦乱のなかで祭りは途絶え社殿は荒廃し、神社の古いいわれを知る人も僅かになりました。
戦乱が終わり平和な世の中になった、寛文四年(一六六四)識者と村の有力者が、小社を今の宮所神在に建立しました。更に宝永四年(一七〇七)古屋敷にあった社殿などを再建し、相殿左に菅原神を祀り右座に六柱天神を祀りました。また野崎の天神山に祀られていた、埴安命も合祀して現在の神在神社の姿になりました。

四、祭典
元旦祭 一月一日
千灯籠祭 九月一日
大注連縄降ろし祭 十月下旬~十一月上旬
新穀祭大摩頒布祭 十一月二十三日
ご朱印 
鎮座地区糸島市
郵便番号819-1123
所在地糸島市神在801-1
地図座標33.534558,130.174354
公式HP 
福岡県神社誌
【社名】 神在神社 [A00-0627]
【所在地】 糸島郡前原町大字神在字神在
【祭神】 彦火火出見命、埴安命、菅原神
【由緒】 大宝三癸卯一月当村字古屋敷に祭り社宇を創立元禄十三年末の春(附記、一説に元禄十六年今の地に遷座せりと、元禄十三年は庚辰の年に当り同十六年は癸末の年に当る)宇野崎に移し宝永四年再建、菅原神を相殿にす今神在と称す、明治五年十一月三日村社に定めらる。
【例祭日】 旧八月一日、十一月二十五日
【主なる建造物】 神殿、渡殿、拝殿
【境内坪数】 六百二十坪
【氏子区域及戸数】 前原町大字神在区 百四十八戸
糸島郡誌
【社名】 神在神社 [N01-0176]
【所在地】 糸島郡加布里村
【由緒】 大字神在字神在にあり。祭神天津仁々岐命、伊弉諾命、伊弉冊命、天常立命、彦火々出見命、国常立命、菅原大神。祭日旧八月一日。もと天神山の上に鎮坐ありしを元禄十六年癸未今の地に遷せり。
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大字東八幡宮神幸に関する文書あり左の如し。
庄内三社宮御幸ニ付キ陳方座定之事
一、当年御幸ニ付キ先例之引付ヲ中絶仕リ左右之座論有之候而庄内石武陳方双方打寄リ詮議有候処当宮司坊並近村之年寄衆打寄リ裁判之上ニ而左右之座一年替ニシ埓御明キ被成双方陳方互ニ承引仕候
自今以後彌々無懈怠御幸之御供相勤可申候自然末々ニ至リ違背申者御座有間敷候為其如斯ニ相定帳面ニ記シ我々判形仕御宝殿ニ籠置申候仍如伴
延宝六戌午天九月朔日 時社司 栄俊
庄内 (古は川ノ上東村と云ひ又此東村の辺を原田庄と云此辺数村を庄内河内と云へり)
但座定之儀ハ先例之通ニ此書付ニ仕置候
(以下、省略)
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公開日2016/07/17
更新日2016/07/17
その他の写真
神社入口風景
注連掛石
鳥居
鳥居扁額
境内入口風景
境内風景
神社正面
手洗鉢
社殿正面
社殿正面
拝殿内
お潮井台
由緒書き
社殿全景
社殿全景
社殿背景
境内神社、埴安神社
埴安神社正面
神社全景