[1013] 宗像大社辺津宮(むなかたたいしゃへつぐう)
正面写真・地図
神社情報
神社№ 1013
神社名 宗像大社辺津宮(むなかたたいしゃへつぐう)
神社別名 
参拝日 2015/06/12
再訪日  
社格  官幣大社
その他社格式内社(宗像神社(三座)、並名神大)、別表神社
ご祭神市杵島姫命
由緒等
祭典の御案内

交通安全祈願以の祭典は本殿前授与所(左側参道奥へお進み下さい)で受付けております

・初宮祭 男児三十日 女児三十一日に神前に詣でて子供の健やかな成長を祈ります
・厄年祈願 男 二十五才 四十二才 六十一才 女 十九才 三十三才 三十七才 は大厄といわれそれぞれ各前年を前厄後年を後厄といわれています
・家内安全 ご家庭の平穏と繁栄を祈りご家族の安泰を願います
・心願成就 種々の願い事や悩み事を神前で祈りその成就を願います
・業務安全・繁栄 商売繁昌 商店・会社・工場・事務所等の発展と隆昌を祈ります
・病気平癒 学業成就 厄除 方位除
・航空航海旅行安全・必勝祈願・その他諸祈願祭
・結婚式・地鎮祭 竣工式・家祓等出張祭典の受付は社務所にて行います

昭和大造営記念碑

宗像の地は愁遠の古よりわが国の海外に対する門戸として重要な地位を占めて参りました。この地に鎮まります宗像大社は天孫降臨に先だち御親神天照大神の神勅により皇室守護国家鎮護の大任をうけて天降りました宗像三柱大神を奉斎する神社であります。その尊い御神格は古くから裏伊勢と称せられ朝廷の厚い尊崇と国民の宏い信仰とを集め現に宗像大神を奉斎する神社は全国六千余社に及んでいます。宗像大社復興期成会は昭和十七年に結成され爾来天孫奉助の神勅を顕彰しその祭祀の復興を実現するため不断の努力を続けて参りました。特に昭和四十四年から昭和四十六年に亘って行われました。御本殿の修復工事と祈願殿、勅使館、斎館等の新築並びに境域の拡張整備により往時の荘厳なる神域の再現を見ることができました。更に昭和五十年五月には念願の第二宮、第三宮の復興造営も成り、ここに三十有余年に及ぶ復興事業は滞りなくその目的を達成するに至りました。この間敬神の赤誠を捧げて同事業に御協賛を賜りました全国崇敬者各位に更めて深甚なる感謝の意を表し、併せて昭和大造営の事業を永く後世に伝えるためにこの記念碑を建てる次第であります。

昭和五十年十一月
宗像大社復興期成会

史跡 宗像大社境内

宗像大社は沖津宮、中津宮、辺津宮の三宮からなり、宗像三女神を奉斎している。
ここに祀られる宗像大神については、記紀、風土記にも詳らかにのべられており、沖津宮のある沖ノ島からは、古墳時代から平安時代にかけての貴重な祭祀神宝(国宝)が多数出土している。
また宗像大神を奉祀する宗像氏は古代の有力な氏族であり、中世には院庁、鎌倉、室町両幕府らと関係をもち、戦国記にもその地位を守り抜いた豪族であった。
旧境内の概要は、現存する天正六年(一五七八年)の造営絵図により想定できるが、現境内もなおよく当時の形状を保っている。

文部省
昭和四十六年四月二十二日指定

御祭神について

当大社は天照大神の御子神
 田心姫神(沖津宮)
 湍津姫神(中津宮)
 市杵島姫神(辺津宮)
の三女神が日本書紀に伝えられているように天孫降臨にさきだち天照大神の御神勅を奉じて鎮座されました。この九州北辺の要衝の地に三柱の女神が勅祭された意義はまことに尊く、道主貴の御別称が示すように国民道の祖神として歴代の皇室を守護され国家鎮護の御神徳を発揚され今日に至っております。また古くかた皇祖天照大神をおまつりする伊勢神宮に対して裏伊勢とも称せられ皇室をはじめ国民の崇敬も厚いお社です。宗像大神をおまつりする神社は全国に六千余社ありますが、当社はその総本社であります。

宗像大社社務所謹誌

国指定重要文化財 本殿・拝殿

宗像三宮の総社である辺津宮は往古より「第一宮」と呼ばれ、全国約六ニ〇〇社の宗像神を祀る神社の総本社です。現在の本殿と拝殿は、約五百年前の弘治三年(一五五七)の焼失により再建したものです。
本殿は戦国時代真っ只中の天正六年(一五七八)時の大宮司第八十代宗像氏貞公が、拝殿は本殿再建の十二年後の天正十八年(一五九〇)毛利元就の三男で「毛利両川」の一人として知られ、当時の筑前国の領主であった小早川隆景公によって再建されました。本殿・拝殿ともに国の重要文化財に指定されています。
平成二十五年には屋根及び社殿塗装の修復が実施され、同二十六年十二月八日には遷座祭を斎行しました。

本殿 五間社両流造 柿葺

五間とは建物の横幅のことで一間が六尺(約一、八㍍)です。流造は屋根が流れるような曲線を描いた建築様式で、前後対称ではなく後ろより前が長い神社独特の工夫がなされた美しい建物です。全体の構造は豪壮で、戦乱の時代に建立されたとは思えない程優美な姿は、桃山時代初期の特色がよく表わされています。

拝殿 切妻造妻入 柿葺

切妻とは屋根を四方ではなく、左右二面に本を伏せたように葺き、前後を切り落としたような様式で、妻入とは妻側に入口を設けて正面とする造りです。全体的な印象は簡素且つ雄大です。

末社由緒

本殿を囲んで二十二の社殿に一二一の末社が鎮まっております。現時の社殿は延宝三~四年(江戸時代前期)にかけて整備されたもので、その由緒は古代の律令制度の時代にまで遡ります。
大化の改新(六四五)により公地公民となりますが「神郡」と定められた地域のみ、神社の私有が認められました。神郡は全国の有力社七社(伊勢神宮①内宮②外宮③安房神社④熊野大社⑤鹿島神宮⑥香取神宮⑦日前・国懸神宮⑧宗像大社)にのみ許され「八神郡」と称されました。九州では唯一宗像のみが神郡と定められ、その「神郡宗像」内に祀られた各神社を集合奉祀したものが、現在の末社群です。
神郡宗像の領域は現在の宗像・福津両市を中心に、遠賀・鞍手・粕屋郡の一部まで及び、各地域に鎮座した「七五末社一〇八神」といわれる神が、宗像大社を総氏神と仰いだ信仰を今に伝えています。尚、佐賀県の一部など中世に宗像大宮司家が領有した地域の神も分祀され続けたため一二一社に至っています。現在も各地域に鎮まっている神社がほとんどですが、なかには時代の経過とともに祭祀が営まれなくなり、もとの鎮座地が不詳となった神社も、この末社群にはございます。

御神木と神紋について

この楢の木は、当大社の御神木。宗像大社の神紋は、皇統守護の神勅を戴く鎮祭の由緒から、「菊の御紋」を表紋とし、この「楢の葉紋」を裏紋として用いています。
楢の葉に実をあしらった意匠で、歴代の宗像大宮司の家紋としても用いられてきました。
この御神木の樹齢は約五五〇年で、今もご参拝の皆様を見守り続けております。

高宮祭場

宗像大神「降臨の地」と伝えられ、沖ノ島と並び宗像大社境内で最も神聖な場所の一つです。
神籬(樹木)を依代としており、社殿が建立される以前の神社祭祀(庭上祭祀)を継承する、全国でも稀な静寂に抱かれた祈りの空間です。

祭礼日

月次祭
 毎月一日・十五日 午前十時~
 ※雨天時は本殿での総社祭(午前十一時~)に併せて斎行
 ※四月一日、十月一日は大祭に、一月一日は新年祭に準ずる

新年祭
 一月一日 午前九時二〇分~
 ※雨天時は本殿での元旦祭(午前九時~)に併せて斎行

春季大祭 四月二日
秋季大祭 十月三日
 午前十一時四〇~
 ※いづれも雨天時は本殿での大祭(午前十一時~)に併せて斎行

高宮神奈備祭
 十月三日 午後六時~
 ※雨天時は本殿にて斎行

古代祭祀を伝える沖ノ島と高宮祭場

宗像大神(宗像三女神)は沖ノ島の沖津宮(長女神=田心姫神)、大島の中津宮(次女神=湍津姫神)、そして総社である当地・辺津宮(末女神=市杵島姫神)にお祀りされ、この三宮を総称して宗像大社と申します。

三宮のなかでも、沖ノ島は当大社の神職が交代でたった一人常駐勤務(現在十日間ごとの交代)し、今日も女人禁制や、毎朝海に入っての禊、一木一草一石たりとも持ち出せないなどの掟や禁忌によって厳重に守られている神聖な島です。

その沖ノ島では四世紀末から約六百年間にわたり国家規模の祭祀が行われ、二十三ヶ所の祭祀跡が確認されると共に、八万点にもおよぶ神宝(全て国宝)が出土しています。
また現在、全国津々浦々の神社で行われている祭祀(おまつり)は、社殿(本殿や拝殿)で行われていますが、この沖ノ島の祭祀跡から、天上より依代(磐坂・神籬)に神様を降臨願うという、神社祭祀の原点が実証されています。
この沖ノ島で行われた祭祀の姿を色濃く残しているのが、当地の高宮祭場です。古代より連綿と継承される、わが国の祈りの姿に想いを馳せながらご参拝下さい。

宗像大社社務所

第二宮・第三宮

宗像三女神のうち、長女神(沖ノ島)と次女神(大島)は遥か玄界灘洋上に鎮座されており、往古より総社(中心となる神社)である当地・辺津宮を「第一宮」と称し、その境内地に両宮の御分霊をお祀りしてまいりました。そして第二宮と第三宮まで詣でれば、沖津宮と中津宮までつまり宗像三宮を拝したと信仰されてきました。
宗像三女神は「古事記」「日本書紀」にあるとおり、天照大神と素戔嗚尊との誓約の際に、天照大神の息吹より誕生されました。
現在の社殿は、その格別の由緒を以って宗像三女神の御親神を祀る伊勢神宮より、第六十回神宮式年遷宮に際し下賜されたものです。
我が国最古の建築様式である「唯一神明造り」で昭和五十年五月に移築されました。

御祭神

第二宮 田心姫神(長女神)沖ノ島・沖津宮の御分霊
第三宮 湍津姫神(次女神)大島・中津宮の御分霊

例祭日

月次祭
 毎月一日・十五日 午前十時~ ※四月一日、十月一日は大祭に準ずる
春季大祭 四月二日
秋季大祭 十月三日
 午前十一時四〇分~ (総社祭後、引き続いて斎行)
新年祭
 一月一日 午前九時二〇分~ (総社祭後、引き続いて斎行)

伊勢神宮と宗像大社

天照大神は皇室の御祖先神であるとともに、全国津々浦々の各ご家庭で神宮大麻(「天照皇大神宮」のお札)が奉斎されておりますように国民の総氏神として、伊勢神宮(三重県)にお祀りされていいます。
伊勢神宮は「神宮」と申し上げるのが正式名称で、三重県伊勢市に鎮座する皇大神宮(内宮)、豊受大神宮(外宮)と呼ばれる二つのお宮(「正宮」ともいいます)をはじめ、別宮、摂社、末社、所管社一二五もの宮社からなり、その総称が「神宮」となりいます。
正宮に次ぐお宮である別宮は、伊勢市とその近郊に十四あり(内宮十、外宮四)、当大社の第二宮・第三宮の社殿は、皇大神宮(内宮)別宮である「伊佐奈岐宮」と「伊佐奈弥宮」の旧社殿です。
伊勢の息吹を感じていただきながら、神話の時代より連綿と継承される我が国の祈りに思いを馳せながら、お参りいただきましたらと存じます。

宗像大社社務所

三笠宮殿下応制歌歌碑

沖ノ島 森のしげみの岩かげに 千歳ふりにし 神祭りのあと

昭和五十年の御題「まつり」の宮中歌会始の儀にて、お詠みになられた御歌です。記念碑は、殿下自ら筆を取られたもので、同年十月に百合子妃殿下と共に当地・辺津宮御参拝の折に建立されました。
三笠宮崇仁親王殿下は、昭和四十四年、辺津宮・中津宮・沖津宮と宗像三宮を御参拝され、当時沖ノ島で行われていた第三次沖ノ島学術調査を、親しく御視察されましたが、その折の御感懐をお詠みにならえたものです。

悠久ロマンが今甦る
宗像大社

-祈願祭について-
宗像大社では交通安全の御祈願(お車のお祓い)以外にも家内安全、厄除、業務繁栄、職場安全祈願など、お願いごとにそった祈願祭も行っております。尚、御希望の方は、郵送にても受付けておりますのでお申し出下さい。詳細については下記へ御連絡願います。

●中津宮へのご参拝は神湊港より渡船をご利用ください。
●沖津宮へのご参拝はまず下記へお問い合わせください。
<交通機関>
JR鹿児島本線東郷駅下車西鉄バス
神湊経由福間行き又は神湊行き宗像大社前下車
<お問い合わせ先>
〒811-3505福岡県宗像市田島2331
宗像大社社務所
TEL(0940)62-1311 FAX(0940)62-1315
http://www.munakata-taisha.or.jp/

宗像大社 鮮やかな光彩を放つ歴史の面影。

古代より道の神様として信仰が篤い宗像大社。その名は、日本書紀にも記されています。遠く大陸に渡った遣唐使なども航海安全の為に必ず参拝をしていました。このように交通安全の最高の守護神として宗像さまは、今も人々から篤く崇敬されています。

神勅 奉助天孫而 為天孫所祭 貞愛親王書
神勅 汝三神宜しく道中に降居して天孫を助け奉りて天孫に祭かれよ(日本書紀記載)

神勅とは天照大御神の御教えであります。御親の神、天照大御神は国つくりの前に、宗像の神に「歴代の天皇をお助けすると共に歴代の天皇から篤いお祭りを受けられよ」と示されました。皇室の御繁栄を祈ることが、国民の繁栄に通ずる道であることを、明示されたのであります。
※汝三神-宗像三柱大神 道中-宗像地方より朝鮮半島に向かう古代海路 天孫-歴代天皇 伏見宮貞愛親王(一八五八~一九ニ三)

宗像大社の由緒

宗像大社は、皇室の御祖先であられます天照大御神の三柱の姫神様をお祀りしています。沖津宮には田心姫神、中津宮には湍津姫神、辺津宮には市杵島姫神がそれぞれお祀りされています。この三宮を総称して宗像大社と申し上げます。
日本最古の歴史書といわれる『日本書紀』には、宗像三女神が中国大陸や朝鮮半島に最も近く、外国との貿易や進んだ文化の受入の窓口として、重要な位置にあるこの宗像の地に降臨され、お祀りされるようになったと記されております。
宗像大神は、またのお名前を『道主貴』と申し上げます。『貴』とは神に対する最も尊い呼び名で、「最高の道の神」であるとも日本書紀には記されております。
特に沖津宮がお祀りされている沖ノ島は、九州と朝鮮半島とを結ぶ玄界灘のほぼ中央に位置し、昭和二十九年以来三次に亘る沖ノ島学術調査団によって発見された十万点にのぼる貴重な神宝は、当時大和朝廷より厳かな祭が斎行されていた事実を物語っており、その内容や規模の大きさから、沖ノ島は『海の正倉院』と言われ、現在でも古代からの風習が守り続けられている「神の島」であります。
このように宗像大社は古い歴史と由緒のある神社であり、国民を導く神、また交通安全の最高の守護神として人々から篤く崇敬され、宗像大神をお祀りする神社は全国に六千余社ありますが、当大社はその総本宮であります。

祭り・行事

毎月1日・15日は月次祭
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1 January 睦月
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1~3 元旦祭・新年祭 交通安全大祈願祭(10日まで)
10 恵比須祭(境内末社)
13 献米奉告祭
15 月次祭・成人祭
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2 February 如月
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3 節分祭(豆撒)
11 建国祭 若布献上(2月末~3月初)
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3 March 弥生
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19 松尾神社祭(境内末社) 皇霊殿遥拝式(春分の日)
31 春季大祭宵宮祭
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4 April 卯月
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沖・中両宮春季大祭(中津宮)旧暦3月15日
1 春季大祭・一日祭(主基地方風俗舞・浦安舞奉納)
2 春季大祭・二日祭
2 宗像護国神社春祭
29 昭和祭
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5 May 皐月
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5 五月祭・浜宮祭
27 沖津宮現地大祭
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7 July 文月
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15 祇園祭(境内末社)
31 大祓式・夏越祭(茅の輪くぐり)
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8 August 葉月
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7 七夕祭(中津宮)
15 宗像護国神社戦没者慰霊祭・千灯明
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9 September 長月
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1 風鎮祭 皇霊殿遥拝s期(秋分の日)
30 秋季大祭宵宮祭
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10 October 神無月
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沖・中両宮秋季大祭(中津宮)旧暦9月15日
1 みあれ祭(海上神幸) 秋季大祭・一日祭(主基地方風俗舞奉納)
2 秋季大祭・二日祭(流鏑馬神事・翁舞奉納) 高宮神奈備祭 宗像護国神社秋祭
17 献茶祭(表千家家元奉仕)
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11 Nobember 霜月
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3 明治祭
15 七五三祭
23 新嘗祭
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12 December 師走
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古式祭(御座)・鎮火祭 12月15日に近い日曜日
19 松尾神社祭(境内末社)
23 天長祭
31 大祓祭・除夜祭

国宝八万点収蔵 神宝館のご案内

宗像大社には、数多くの神宝が伝えられてきました。それらは、現在まで連綿と続く宗像三女神への信仰や、大和朝廷の時代から戦国時代にかけての日本と東アジアの対外交渉史を反映するものです。現在、神宝は学術的に高く評価され、そのほとんどが国宝、重要文化財に指定されています。
神宝館では、これらの神宝を時代の流れに沿って一堂に展示しています。

[1F] 宗像海人族の活躍とその起源
対宋貿易による渡来品を紹介して、玄界灘を活躍の場とした宗像一族の様子と一族のルーツを探ります。

[2F] 大和朝廷による沖ノ島祭祀と胸形君
聖なる神体島「沖ノ島」において、4世紀後半から約600年間執り行われた大和朝廷主催の対外交渉に関わる祭祀とその奉献品から、胸形君と大和朝廷との関係や一族の果たした役割を負います。

[3F] 宗像大宮司家伝来の宝物
中世の宗像社を司り、武家の棟梁としても活躍した宗像大宮司家伝来の古文書を中心に日本史の中の宗像を考えます。

古代から大陸との深い関わりを持ち、海の要所として栄えた宗像。この地と大陸を結ぶ海の道には、さまざまな人やモノや文化が行き交っていました。きらめく波間には、懸命に文化を伝えようと奔走する人々の熱い想いが漂っているようです。

洋上に躍るいにしえ人の情熱
10月1日みあれ祭

平成ノ大造営
時満ちて道ひらく

宗像大社 平成ノ復興期成会
[お問い合わせ先]
宗像大社 造営室
住所 福岡県宗像市田島2331
電話 0940-62-1311
FAX 0940-62-1315
URL http://ww.munakata-taisha.or.jp/

平成ノ大造営 趣意書

神勅【日本書紀】(神代巻)

汝三神 宜しく道中に降居して 天孫を助け奉して 天孫に祭かれよ

日本書紀は、わが国のはじまりを記す最古の正史である。その中に記載される神勅(此の言葉)は、天照大神より宗像三女神に下されたものであり、『大陸との交通の要衝である玄界灘に降臨して歴代の天皇を守護奉り、歴代の天皇から篤い祭祀を受けよ』との意である。

天皇の祖先神、天照大神の御子神である田心姫神、湍津姫神、市杵島姫神の宗像三女神は、天照大神の神勅により宗像の地に降臨され、皇室国家の守護神として、沖津宮・中津宮・辺津宮に祀られております。その創建の歴史は、「日本書紀」神代の巻にもあることから、宗像大社は全国八万の神社の中でも、有数の古社とされています。さらにその御神徳は、あらゆる道を司る神「道主貴」としても広く崇敬され、宗像大神は全国六千余社に祀られております。
沖津宮が鎮座する沖ノ島においては、大和朝廷による国家祭祀の斎場ともされ、そこからは戦後の三次に亘る発掘調査により、八万点に及ぶ各時代の超一級品の神宝類が出土し、それらは全て国宝に指定されております。中には、ペルシャからシルクロードを渡って伝わったものもあることから、沖ノ島は「海の正倉院」とも称され、この地がいかに重要なところであったかが、古代祭祀の痕跡から立証されております。
昭和十七年に結成された宗像大社復興期成会においては、このような宗像大社の歴史を明らかにするため、二十四年の年月を費やして『宗像神社史』を編纂、昭和四十六年には大規模な境内整備「昭和の大造営」がなされ、宗像大社に新たな息吹が吹き込まれることとなりました。
しかしその後、四十年余りの歳月が経過したため、本殿及び拝殿をはじめとする各諸施設に傷みが見受けられるようになり、修理修復の必要性が生じてまいりました。
平成ノ復興期成会においては、かかる境内整備を執り進めることによって、皇室国家の守護神である宗像大神の御神威の発揚に努めてまいる所存であります。各位におかれましては、趣意御理解の上、格別の御協賛を賜りますようお願い申し上げます。

平成二十五年 宗像大社 平成ノ復興期成会
会長 出光 昭介

[事業内容]
一、概要
 第一次 辺津宮本殿・拝殿、防災施設他
 第二次 沖津宮、第二・第三宮、他諸社殿
 第三次 沖津宮・中津宮・辺津宮諸施設
二、期間
 平成二十五年~平成三十年(三ヶ年を一期とし、三次に分けて実施)
三、工事総額
 十九億円

[募集要項]
一、奉賛金は神社の社頭等でお願いしていますが、金融機関を御利用される際は、二千円よりお願い申し上げます。尚、御奉賛額に応じて記念品を授与しております。
二、奉賛申込先
 加入者名 宗像大社平成ノ復興期成会
 口座番号 01790-1-73183

[奉賛者待遇]
御芳名は奉賛名簿に記載し、修復を終えた御本殿にお納め致します。

宗像大社
交通安全。そのルーツは宗像です。

今日、誰もが願ってやまない「交通安全」そのルーツはわが国の形成期、大和朝廷によって朝鮮半島への渡航や対外交渉の成就が祈念された頃までさかのぼります。以来、近代化を経て、昭和6年、宗像大社の講組織「交通祭奉賛会」が設立されます。そして、昭和30年代、自動車が一般家庭にまで普及すると宗像大社で「自動車のお願い」を受けることが、自然な姿となっていきました。全国に先駆けて社内におまつりする専用の御守も誕生。それが写真の「水引守」です。

宗像大社交通安全の歴史

交通安全の最高の守護神である宗像大神様のご加護を受け皆様の交通安全を心よりご祈念申し上げます。

古代から続く「道」の神としての信仰
宗像大社におまつりしている三姉妹の神さま(宗像三女神)は、日本書紀の中で「道主貴」と記され、遥か悠久の時代から「道」を司る最高神として、大和朝廷をはじめ遣唐使らも海路の安全を祈ってまいりました。

鉄道関係者がいち早く参拝
日本の近代化により、九州に最初の鉄道会社、九州鉄道会社が博多で発足したのは明治21年。九州各地に鉄道敷設工事が始まり、同23年9月には博多~赤間間も開業しています。
鉄道網の発達と同時に、事故も避けられないものとなっていきます。当時の記録によりますと、鉄道を管轄していた門司鉄道局員らがいち早く宗像大社に参拝し無事故を祈った、とあります。また交通祭と称し、年の初めに福岡県内はもとより山口・佐賀といった近県の鉄道関係者も参拝されておりました。この頃に「l交通安全」という言葉も生まれたようです。
さらに交通安全を祈るのはもちろんですが、事故現場の清祓や慰霊祭等の依頼も多く、宗像を超えて広域に宗像大社の神職が出向いていったという記録も残されております。
今日もその信仰は続き、その年御本殿で行われる最初の御祈願はJR九州様で、社長自ら参拝されておられます。新年に鉄道関係各社の皆様が、仕事始めを宗像大社で迎えられ、参拝されるのも、公共交通機関としての安全を重視されてのことでしょう。

地域住民が生み出した「交通安全の宗像大社」
古く宗像の地は、現在の宗像・福津両市を中心に、遠賀郡・古賀市・宮若市の一部までが国家により「神郡宗像」と宗像大社の社領地と定められ、今日でも地域住民は神郡民としての誇りをもっておられます。

昭和初期の宗像人は神郡内での事故に敏感で、列車事故はもちろん、普及し始めた自動車、なかには飛行機の不時着(昭和4年日本航空㈱の飛行機が東京から朝鮮へ飛行中、当地江口浜に不時着)ですら、近隣住民の願いですぐに神職がお祓いに出向いておりました。
宗像では現在の交通安全に通じる意識が高く、神郡宗像から事故を無くそうという取り組みが盛んに行われ、これが「交通安全の宗像大社」としての信仰が誕生していく土壌となったのです。

昭和6年(1931)交通安全・宗像大社の本格化
明治以降戦前までは宗像大社の神職も実は公務員でした。そこで、同じ公務員である警察、行政等様々な官公庁と、講組織「交通祭奉賛会」が、昭和6年(1931)に誕生します。
この奉賛会は交通安全協会、福岡陸運局、県庁保安課、宗像大社の関係者を役員とし、門司・広島鉄道管理局、福岡県内外交通業者ら数千名を会員に、鉄道、船舶、自動車の交通安全、事故防止、事業繁栄を目的に組織されました。その後、翌年には「宗像交通講」、昭和13年には「宗像大社海運祭奉賛会」等、続々と交通安全を祈る企業・団体により講社が発足していきます。

昭和30年代、モータリゼーションと共に「自動車のお祓い」が一般化
昭和初期に、既に広く認知されていた「交通安全の宗像大社」。昭和30年代からは、モータリゼーションの波に乗って、一般家庭にも徐々にですが受け入れられていきます。やっとの思いで購入した憧れの自動車。昭和37年(1962)の記録によりますと、正月元旦の自動車のお祓い祈願件数は527件に上っています。宗像大社に参拝し、1台づつ車のお祓いを受けることが常識のようになっていくのです。
そこで生まれたのが、社内におまつりする自動車専用の「お守り」です。それまで社内専用はなく、絹の綿袋に包まれたお守り(専門用語では綿守)のみでした。昭和38年(1963)全国に先駆けて、専用の「お守り」が誕生したのです。
それが写真の「水引お守り」です。斬新なダザインは好評で、現在でも車のお祓いをお受けいただいたすべての方に、お渡し致しております。水引お守り(小)は軽自動車用として作られており、「交通安全綿お守り」はそれら水引お守りのデザインを継承し、肌守(身にもつお守り)としてお受けいただけます。

※左記のお守りは、本殿授与所または祈願殿授与所でお受けいただけます。

-お車のお祓い-5,000円
「お車のお祓い」では、下記「水引お守り」に加え、写真のお供物がセットになって、お申し込み時にお渡しいたします。

-水引お守り-3,000円
日本で最初に作られた、車両用交通安全のお守りです。昭和38年(1963年)より、全く意匠は変わらず、祈願殿内で365日行われております「お車のお祓い(5,000円)」で、お受けいただいております。

-水引お守り(小)-1,000円
当初は軽自動車のお祓い時にお渡ししていたお守りを、授与所でも受けたいというご要望にお応えし、頒布致しております。

-水引アームお守り-1,000円
社内で揺れないようプラスチックのアームの付いたお守りです。この度、水引お守りの意匠でアームの付いたお守りをつくって欲しいとのご要望にお応えし、奉製いたしました。

-交通安全綿お守り-1,000円
社中でも目立たない所、あるいは肌守としてお持ちいただくお守りとして、上記「水引お守り」をモチーフに奉製いたしました。

http://munakata-taisha.or.jp/

「飲酒運転撲滅」は宗像大社の願いです

宗像大社
〒811-3505 福岡県宗像市田島
TEL 0940-62-1311(代表)

天照大神の三姉妹の御子神をまつる全国有数の古社
宗像大社
「神宝館」国宝8万点を収蔵

平成ノ大造営 時満ちて道ひらく

宗像大社 境内を散策してみませんか

[由緒]
当大社の創始は我国の形成期、神話の時代まで遡りますが、御鎮座の正確な年号までは定かではありません。
8世紀に編纂された我国最古の歴史書である「古事記」「日本書紀」によれば、三姉妹の神(宗像大神)天照大神と素盞嗚尊の誓約の下誕生され、天照大神の神勅(神様のご命令)により、「海北道中(宗像より朝鮮半島に通じる海の道)」にご降臨されました。以来、国家守護の神として沖津宮・中津宮・辺津宮の三宮にご鎮座されています。
宗像大神鎮座の根幹となるのが、全国の神社で唯一ご祭神に下された神勅です。この神勅を当大社では三宮(沖・中・辺津宮)の拝殿に掲げております。

汝三神 宜しく
道中に降居して
天孫を助け奉りて
天孫に祭かれよ

(歴代の天皇をお助けすると共に歴代の天皇から篤いお祭りを受けられよの意)
※汝三神・・・宗像三女神
※道中・・・宗像より朝鮮半島に向かう古代海路
※天孫・・・歴代天皇

[神徳]
宗像大神は国家鎮護の神として、神功皇后の三韓御渡航、元寇、足利尊氏の西下、日本海海戦など各時代において御神威を発揚されています。また、宗像大神には「道主貴」との別称がございます。「貴」とは神に対する尊い呼び名で、他には天照大神(伊勢神宮)の「大日孁貴」、大国主命(出雲大社)の「大己貴」のみです。
道主貴は「最高の道の神」との意で、古代より大陸へ渡る遣唐使、玄界灘での漁を生業とする海の民より航海安全の神として厚く崇敬を受け、今日では交通安全をはじめ、文化・産業とあらゆる道に御神徳を発揚されております。
尚、宗像大神をお祀りする神社は、厳島神社(広島)、出雲大社内・筑紫社(島根)、松尾大社(京都)、天河神社(奈良)、竹生神社(滋賀)、江島神社(神奈川)、善知鳥神社(青森)など、全国各地に約6,200社以上あり当社は総本宮です。

①神宝館
②高宮斎場 宗像大神降臨の地で、沖ノ島と並び宗像三宮で最も神聖な場所です。古代祭祀の姿を今に伝える、全国で稀な祭場です。
③第二宮・第三宮 第二宮に沖津宮、第三宮に中津宮の御分霊をお祀りしています。社殿は伊勢神宮の別宮を移築したものです。
④本殿・拝殿 現在の社殿は弘治3年(1557)焼失したのち、本殿は天正6年(1578)、拝殿は天正18年(1590)に再建したもので、いづれも国の重要文化財です。安土桃山時代初期の神社建築の特色がよく表わされています。平成25年には屋根及び社殿塗装の修復が実施され、同26年12月には遷座祭を斎行しました。
⑤祈願殿 お車のお祓い(交通安全祈願)5,000円 「お車のお祓い」では、右記「水引お守り」に加え、お申し込み時に写真のお供物をお渡ししております。

神宝館
8万点の国宝をはじめとする貴重な宝物を収蔵展示
宗像大社の由緒や信仰、祭祀を担った宗像大宮司の歩みを物語る宝物を収蔵展示しています。なかでも、古代史解明の鍵となる銅鏡、優美な金製指輪や馬具など8万点にのぼる沖ノ島出土の神宝は全てが国宝。必見です。

◆休館日/年中無休
◆開館時間/9:00~16:30(最終入館時間16時)
◆入場料/大人・・・500円、高校・大学生・・・300円、子供(中学生以下)・・・200円※15名様以上は1名様に付100円引き
[交通アクセス]
◆電車で JR東郷駅下車 西鉄バス・神港波止場行約12分「宗像大社前」下車すぐ
◆お車で 福岡方面から 九州自動車道「古賀インター」を下りて約25分 北九州方面から 九州自動車道「若宮インター」を下りて約20分
[問い合わせ先]
宗像大社神宝館
〒811-3505 福岡県宗像市田島2331
TEL 0940-62-1311
FAX 0940-62-1315
URL http://www.munakata-taisha.or.jp/
ご朱印
鎮座地区宗像市
郵便番号811-3505
所在地宗像市田島2331
地図座標33.831093,130.514345
公式HPhttp://www.munakata-taisha.or.jp/
福岡県神社誌
【社名】 宗像神社 [A00-0002]
【所在地】 宗像郡田島村大字田島字上殿
【祭神】 多岐都比売命、市寸島比売命、多紀理毘売命
【由緒】 宗像神社は地上に於ける神籬磐境の神秘的具現にして、其の創立は天孫降臨以前に属し、実に本朝神社創立の濫觴也。御祭神は畏くも、天祖天照大御神の御弟素盞嗚尊の御剣の霊徳により成りませる大神にして、天照大御神の御子神として育まれ給ひし三柱の姫大神也。
茲に謹みて御神名を揚げ奉れば
 多岐都比売命 辺津宮 田島
 市寸島比売命 中津宮 大島
 多紀理毘売命 沖津宮 沖ノ島
以上三柱大神は三神の霊徳を一体に称へては道主貴と申奉り、大日本建国の基礎として高天原より此の豊葦原瑞穂国へ天降ります時、天祖天照大御神は此大神等を膝下に召され、
「汝三神は宜しく道中に降居まして、天孫を助け奉りて天孫に所祭られよ」(日本書紀所載)
と宣らせ給ひ、故に三柱の大神はこの重大神勅のまにまに筑紫の道中たる現在の宗像の地に天降り給ひ、爾来星霜幾千載神徳赫灼として坤輿球上に輝き渡り給ひ、只管天津日嗣の彌栄を守護せられつつ
交通主宰の神。国土開発の神。外敵覆滅の神。武運長久の神。酒造りの元祖神。本朝八幡宮の根本神。弁才天の総本社
等々、あらゆる方面より無限の神徳を称へられ、風の音の遠き神代の昔より北九州の海岸を起点として、日本海の只中へ一直線を描き蜿々約一百里の間三社相連り、神籬磐境、神ながら厳そかに鎮座あらせられ、神徳の宏大無辺なると共に鎮座様式の豪放雄大なる点は絶対に他社の模倣追従を許さざるところとす。
神籬磐境伝(神祇長上家秘訣曰)に、三女神を道主貴と号じ奉るは、君臣父子の道を守り玉ふ神也、奉助天孫而為天孫所祭とは神皇一体の心得、凡大日本国中大小神祇の本体皆此大神也。とあり実に此大神こそは日本国中大小神祇の本体にして、畏くも伊勢の外宮を始め宇佐、石清水、春日、平野、松尾、厳島等全国津々浦々に祭られ給へり。神祇秘伝に據れば、抑此神を併せ祭らざるは神社にして神社にあらずとせり。又此大神の使命たる天祖の神勅は「助けて、、、、、所祭せられよ」と云ふ。此の個條の中に君民互助、乃至君臣一体の意義を遺憾なく含められ、我が国民が笑って国難に赴き、死して護国の神と祭らるるを安心立命の極致とするも、この神勅そのままの実現に外ならざるべし。
恭しく惟みるに天祖天照大神の天孫瓊々杵尊に授け給ひし天壤無窮の神勅は、「表の神勅」にして、この宗像三神に授け給ひし神勅こそ、この大神を通じて日本国民全体に宣らせ給へる「裏の神勅」と拝すべきなり。苟も万邦無比の国体を徹底的に認識せんとせば、先づ此の天祖の宣らせ給へる「表裏の二大神勅」を拝戴すると同時に、神祇の本体たる宗像三柱大神の絶大なる神恩に帰憑すべきものなり。
【例祭日】 十一月十五日
【主なる建造物】 辺津宮 本殿・拝殿・神饌所・社務所・神門・鳥居・神庫・参籠殿・清明殿
中津宮 本殿・拝殿・神饌所・社務所・神門・廻廊・鳥居・神庫・参籠殿
沖津宮 本殿・拝殿・神饌所・社務所・鳥居
沖津宮遥拝所
【主なる宝物】 神殿・拝殿(辺津宮)・石造狛犬一対・木造狛犬一対・阿弥陀経石碑(以上五点は国宝)、翁面一・神人怪獣鏡一・勘合印一・古文書二四一・刀剣九・甲冑類三
【境内坪数】 辺津宮 九千二百六十坪
中津宮 三千三百十五坪
沖津宮 二十万七千四百九十六坪
【氏子区域及戸数】 田島村大字田島、大島村、約四百戸
【摂社】 県社宮地嶽神社(多紀理毘売命、佐依毘売命、多紀都比売命、酒祀息長足比売命)
県社織幡神社(武内大神、志賀大神、住吉大神、天照大神、宗像大神、香椎大神、八幡大神、壱岐真根臣、勝村神、勝頼神)
村社的原神社(大己貴命、味耜高彦根神、下照姫命)
御嶽神社(湍津姫命荒魂、天照大神)
孔大寺神社(大己貴命、少彦名神)
王子神社(素盞嗚命)
【末社】 *辺津宮の部*
第二神社(田心姫命、湍津姫命、市杵島姫命)
第三神社(田心姫命、市杵島姫命、湍津姫命)
大神神社(大神大神、河上大神、五位大神、只下大神、御衣代大神、津田大神)
貴船神社(貴船大神、犬王丸大神、四道大神、小野井大神、息直大神、原比女大神)
津加計志神社(津加計志大神、四道福松大神、祓方遠賀境大神、山口御口代大神、須多田尾大神、加津浦大神)
正三位神社(正三位大神、草上大神、四道大神、薭和大神、御船漕大神、天宮金宮大神)
和加神社(和加大神、山口若宮大神、勝浦大神、年津両上大神、酒多大神、前戸大神)
孔大寺神社(孔大寺大神、所王大神、龍王大神、止々大神、年所大神、祝詞大神)
国連神社(国連大神、荒大神、渡津大神、柳牟田大神、蛭田若宮大神、人見大神)
浪折神社(浪折大神、年久大神、大井大神、飯盛大神、和歌大神、国玉大神)
宮田若宮神社(宮田若宮大神、宰貴若宮大神、許斐大神、辻原若宮大神、十所大神、本木若宮大神)
政所神社(政所大神、朝拝大神、風隼大神、息送大神、九日大神、息正三位大神)
藤宮神社(藤宮大神、岡境大神、楯崎大神、上高宮大神、上袴大神、山下大神)
稲庭上神社(稲庭上大神、宮地嶽大神、与里嶽大神、吹浦大神、土穴若宮大神、森大神)
妙見神社(妙見大神、荒熊大神、山部大神、御竈大神、山師大神、君達大神)
千得下府神社(千得下府大神、北崎四所大神、須田大神、地主大神、厳島大神、下高宮大神)
須賀神社(須賀大神、縫殿大神、内浦大神、酒田大神、伊久志大神、示現大神)
織幡神社(織幡大神、飯豊大神、御霊大神、祓方大神、葦木大神、山手大神)
牧口神社(牧口大神、年毛大神、浜宮大神、西塔大神、池浦三王大神、久米大神)
御鎰持神社(御鎰持大神、伊摩大神、酒井大神、池田若宮大神、飯盛小盛大神、湯済殿大神)
二柱神社(伊邪那岐命、伊邪那美命)
松尾神社(大山咋神、若山咋神、市杵島姫命)
百大神社(住吉三神)
*中津宮の部*
岡境神社(岡境大神、津田大神、浪折大神、加津浦大神、大井大神、須田大神、山口御口代大神、和歌大神、只下大神、楯崎大神、年津久大神、千得下府大神、須多田大神、飯盛大神、伊摩大神)
国玉神社(国玉大神、犬王丸大神、四道大神、小野井大神、息直大神、原比女大神、御霊大神、禊方大神、葦木大神、山手大神、正三位大神、荒船大神)
祓方神社(祓方大神、山下大神、森大神、津加計志大神、吹浦大神、示現大神、与里嶽大神、地主大神、皇大神宮、飯豊大神)
御嶽神社(御嶽大神、息送大神、息正三位大神、和加大神、九日大神、浜宮大神、御衣代大神、河上大神、龍王大神、五位大神、所主大神)
年所神社(年所大神、祝詞大神、山部大神、止々大神、荒熊大神、山師大神、君達大神、大宮金宮大神、御竈大神、草上大神、御船漕大神、朝拝大神、薭和大神、風隼大神、政所大神)
前戸神社(前戸大神、蛭田若宮大神、塩屋大神、伊摩大神、縫殿大神、渡津大神、国連大神、新宮大神、春日大神、酒井大神、伊久津志大神、今山大神、若宮大神)
*沖津宮の部*
太神宮(天照皇大神)
飯盛神社(飯盛大神、荒熊大神、楯崎大神、示現大神、蛭子大神、国玉大神、春日大神、浪折大神、九日大神、祝詞大神、河上大神、津加計志大神、龍王大神、岡境大神、加津浦大神、須多田大神、山口御口代大神、只下大神、千得下府大神、須田大神、伊麻大神、津田大神、年津久大神、大井大神)
犬王丸神社(犬王丸大神、四道大神、原比女大神、御霊大神、息直大神、小野井大神、飯豊大神、祓方大神、新宮大神、酒井大神、渡津大神、今山大神、前戸大神、山下大神、森大神、山手大神、葦木大神、塩屋大神、津久志大神、国連大神、若宮大神、禊方大神、吹浦大神、与里嶽大神)
浜宮神社(浜宮大神、飯豊大神、所主大神、御衣代大神、五位大神、年所大神、止々大神、山部大神、息送大神、息正三位大神、君達大神、山師大神、御竈大神、天宮金宮大神、御船漕大神、薭和大神、四道大神、朝拝大神、風隼大神、伊麻大神、和加大神、草上大神)
正三位神社(少童三神)
荒船神社(住吉三神)
事代主神社(事代主大神)
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公開日2015/09/06
更新日2015/09/06
その他の写真
祈願殿全景
祈願殿正面
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祈願殿前狛犬(吽形)
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本殿・拝殿説明板
末社由緒書き
白鬚神社、温済殿神社、飯盛小盛神社、池田若宮神社、酒井神社、伊摩神社、御鎰持神社
若八幡神社、久米神社、池浦山王神社、西塔田若宮神社、濱宮神社、年毛神社、牧口神社
波寄神社、山手神社、葦木神社、祓方神社、御霊神社、飯豊神社、織幡神社
熊野神社、示現神社、伊久志神社、酒田神社、内浦若宮神社、縫殿神社、祇園神社
照日神社、下高宮神社、厳島神社、地主神社、須田神社、北崎四所神社、千得下符神社
君達神社、山師神社、御竈神社、山部神社、荒熊神社、妙見神社
森神社、土穴若宮神社、吹浦神社、興里嶽神社、宮地嶽神社、稲庭上神社
山下神社、上袴神社、上高宮神社、楯崎神社、岡堺神社、藤宮神社
社殿右側境内末社風景
二柱神社
百大神社
大都加神社、風降天神社、矢房神社、息正三位神社、九日神社、息送神社、風隼神社、朝拝神社、政所神社
指来神社、宇生神社
本木若宮神社、十所王子神社、辻原若宮神社、許斐神社、宰貴若宮神社、宮田若宮神社
國玉神社、和歌神社、飯盛神社、大井神社、年津久神社、浪折神社
人見神社、蛭田若宮神社、柳牟田神社、渡津神社、荒神社、國連神社
祝詞神社、年所神社、止止神社、龍主神社、所主神社、孔大寺神社
前戸神社、酒多神社、年津両上神社、勝浦神社、山口若宮神社、和加神社
天宮金宮神社、御船漕神社、稗和神社、四道神社、草上神社、正王位神社
社殿裏側境内末社風景
加津浦神社、須多田神社、山口御口代神社、祓方遠賀堺神社、四道福松神社、津加計志神社
原比女神社、息直神社、小野井神社、四道神社、犬王丸神社、貴船神社
津田神社、御衣代神社、只下神社、五位神社、河上神社、大神神社
絵馬堂
社殿左側境内末社風景
ご神木
ご神木案内板
高宮斎場入口
高宮斎場道標
高宮斎場参道風景
参道脇ご神木
高宮斎場参道風景
高宮斎場前風景
高宮斎場案内板
高宮斎場札所
絵馬掛棚
高宮斎場正面
高宮斎場全景
第二宮・第三宮入口風景
第二宮・第三宮入口手洗鉢
第二宮・第三宮由緒書き
第二宮全景
第二宮正面
第二宮拝殿内
第二宮全景
第三宮全景
第三宮正面
第三宮拝殿内
第三宮全景
三笠宮殿下応制歌歌碑
三笠宮殿下応制歌歌碑案内板
神宝館