[1055] 武守権現神社(たけもりごんげんじんじゃ)
正面写真・地図
神社情報
神社№ 1055
神社名 武守権現神社(たけもりごんげんじんじゃ)
神社別名 
参拝日 2017/03/11
再訪日  
社格  無格社
その他社格 
ご祭神素盞嗚命、櫛稲田姫命
由緒等
武守権現神社由緒

祭神 神社帳記載
武速素盞嗚尊神 鳥取県(旧出雲国)にて八又大蛇を退治された神
櫛稲田姫神 出雲の国にて八又大蛇に喰われる処祭神に助けられた姫、のち祭神の嫁となられる危難防止縁結の神
註 武守とは武丸村(旧)を守る権現とは神が仮の姿に変りて現われるの意味 祭神が鳥に化神された

祭日 春祭日 四月二十日 例祭日 九月二十日

境内神社
塞神社 祭神久那戸神五穀豊穣神 食物が倉一杯にふさがる様にして下さる久戸の地名は久那戸より典りしとの伝たえなり字仰谷より移転
貴船神社 闇龗神 暗やみの中でも食事に使ふかまどの火はいつも盛んに燃える様に仕て下さる神字折口浄禅寺より移転
社日神社 祭神埴安神 お金がは入り財を築く神
以下社日神社境内神社
貴船神社 祭神闇龗神 字久保田より移転
荷利神社 祭神蒼魂神 初瀬より移転迷いを晴らし運勢向上を導く神
菅原神社 祭神菅原道真を祭る学問智能向上の神字初瀬より移転
其の他諸々神 社日神社と共に昭和三十年四月(西暦一九五六年)武守権現神社え移転南側鎮座

由緒 神社帳記載
往古祭神は神武天皇御東征の折祭神が鳥に姿を変え諸国の道案内に先導され天皇の偉業に多大の貢献有りたり社紋は鳥なり氏子鳥を神鳥として大切に保護するなり
古代皇祖十代崇神天皇御守西暦前九七年頃出雲国の人飲入根彦と云ふ人当地に住す祭神の御徳を称え社を建て祀り祭神の武の一字を採り武丸村と号す以来武丸村の総氏神として称えられる其の後付近の高い山蔦丘を当時白蛇山と呼び白大蛇里に出で村人を害す故祭神の嫁櫛稲田姫神を合せ祭りし処白大蛇も夫婦神の愛情ある説得には心服して白大蛇も体長一米位に小さくなり白鯰と共に爾来権現様のお使いとして仕えて来たると伝えらる白蛇は現今氏子の人多数が棲息を事実確認するなり

龍王権現社 筑前国風土記拾遺
久戸と云ふ処の権現山に社あり宗像七五の一に龍王(或作一)(蔵王一)此の社の事にや祭神は素盞嗚尊神櫛稲田姫神にて昔より神領(田地)も付き由緒ある神にて崇拝者多き社なり

福岡県地理誌記載
武守神社 延喜十八年代寅二十日西暦九一七年創立と云ふ(註)藤原時代僧空海弘法大師の諡号下る

神徳の数々
爾来五穀豊穣危難防止縁結知徳の向上人心の和合に特に道しるべの神として現今では交通安全危難防止に多くの人命を救われる
人々常に明く清き誠心を以て深く神恩に感謝し諸願成就を神前に祈願すれば神々の御加護直ちに霊験顕われ御利益を賜るなり諸人の敬慕やむことなし
爾来武丸権現神社は権現山標高二〇〇米の上中腹字権現一五三五番地に鎮座されしが参拝道中険しき為老人等の御参り難渋なるを神察され昭和三十年四月西暦一九五五年人里近き字的場一三四五番地に神殿改築拝殿明治二十年改築のもの移転遷座される以来参拝者益々多くなり愈御隆盛にて御神徳を諸民に御恵みあるなり
註 春祭りには氏子家族一同境内に集りおこもりを行ふ九月二十日の例祭には五穀豊穣を感謝し危難防止を願ひ子供角力を行い体力を養ふここに多くの人が武守権現神社の由緒の荘厳さを知り氏子の誇りとして後生に長く伝える為昭和二十三年伊勢神宮参拝同行一同参宮参拾五周年を神助により災疫なく向えたるを記念して神社の由緒伝説額を掲げる

奉献

昭和五十七年九月二十日西暦一九八二年
追記猶権現社の社額は他神社に類例なき巨大なり昔の隆盛さが忍のばれる又旧境内には銀杏(女木)周廻三米余の巨木ありしが遷座の時伐採されたり

白鯰池の由来伝説記

昔此の地方に大干魃あり農民困り果て神社(旧境内)には絶えず清水湧き出で満々と水を湛えて如何なる日照にも絶えた事なき神池あり(昔は三百平方米も有りしが神殿改築境内拡張の為池も縮少されたる伝えなり)此の水を賜わらんと大勢集り水取りの準備に取り掛らんとしたる処池の中より声あり
私は権現様のお使番なり此の水取られると私は生きていることが出来ない替りに雨水を降らせるから中止あれと一米もある大鯰が姿を現わしたので農民達びつくり仰天しましたが神魚とあつてはと納得し池を離れ境内を下りたる処一天俄かに空が真黒く成り雷と共に大雨が降り農作物は大豊作となりたり以来干魃の年には大白鯰白蛇(神の使)の姿形を作り池の廻りを取りまき雨乞の行事(池の水が慾しい水を下さいと大声で叫ぶ)行えが立処に大雨降るなり直ちに鯰を池に放魚したり此の風習近年まで止みたることなし 又皮膚病の白なまず白くも水虫田虫には池の水に浸せば治り御礼には鯰を池に放つなり又蝮に噛まれし時には特効薬を授り霊験あらたかにして人命救助に多大の効験あり今日迄民家に伝承されたり 尚神罰も有り神池汚せば(立小便)忽ち腫上り立処に懲らしめあり近年数人の人が神罰を受けたりおわびには鯰を放魚すれば治るなり権現様の御神徳は遠く郊外迄聞こえ参拝者多し
付記 旧権現様の南下二百米の処に昔神仏合祀の仏として権現大日如来堂あり現在宗像八十八ヶ所の三九番札所の霊場として多くの参詣者あり又近年迄旧十二月丑日には五穀豊穣を祝ひ組廻りにて御座を催し久戸全員旧武丸村の氏子早朝に参詣者大勢ありたり明治生れ大正初期生れの人覚えあり
ここに神徳の荘厳さを後世に長く伝える為昭和二十三年伊勢参宮以来三十五年間を災疫なく無事向えたるを記念して神社の由緒伝説額を掲げる

奉献

昭和五十七年九月二十日西暦一九八二年

武守権現神社参拝の導き

皆様よく御参り下さいました
ここの武守権現神社の祭神は武素盞嗚尊 櫛稲田姫神夫婦神がお祀りしてあります
神助現た五穀豊穣縁結び病災防除交通安全をお守り下さいます有難いお神様です 皆様常に明るく清き誠心を以て深く神助を信じ諸願成就を神前に祈念お守りを絶えず身に付けていれば心常に安らかですから災禍など受けずお願あれば何回でもお参り下さい

猶お守りの神体は当神社では神殿後の祠ら付近の神石米粒大の小石一個を財布又は免許証に入れ絶えず身に付霊験ありなばきれいな小石一個を添えてお返し下さい
権現神社古代よりの申伝えによる神助の祈願方を後世に伝える

参拝の導き方 古老者一同奉献
西暦一九八三年四月二十日
ご朱印 
鎮座地区宗像市
郵便番号811-4152
所在地宗像市武丸1345-4
地図座標33.810524,130.607424
公式HP 
福岡県神社誌
【社名】 武守神社 [A00-2027]
【所在地】 宗像郡吉武村大字武丸字権現
【祭神】 素盞嗚命、櫛稲田姫命
コメント 
公開日2017/05/07
更新日2017/05/07
その他の写真
神社入口風景
鳥居
鳥居扁額
境内神社、福地神社
福地神社背景
参道階段
境内風景
手洗鉢
手洗鉢
社殿正面
拝殿内
由緒書き
奉納絵馬
白鯰池の由来伝説記
武守権現神社参拝の導き
拝殿神額
本殿正面
社殿全景
社殿全景
本殿
社殿背景
境内神社(不詳)
猿田彦大神
石碑