[1076] 愛宕社(あたごしゃ)
正面写真・地図
神社情報
神社№ 1076
神社名 愛宕社(あたごしゃ)
神社別名 
参拝日 2017/03/11
再訪日  
社格  村社
その他社格 
ご祭神軻遇突智大神、宗像三女神、惶根命
由緒等
愛宕神社新築記念碑

祭神 軻遇突智大神 宗像三女 惶根命
由緒 天慶三年(西暦九四〇年)宗像大宮司氏男創立の社なり、明治五年十一月三日村社に被定
社説に依れば縁起に天慶三年宗像大宮司氏男山城国愛宕嶽大神勧請せる由見えたり。風致勝れし好祠なり此社拝殿の左に添て二株の古松あり一株は直ぐ一株は幹より二つに分れて巽の方に靡きたり、寛政十二年(西暦一八〇〇年)十一月村民等拝殿を修造しけるに此松障りて柱建てがたし、之を伐除しべしと相議して明朝を約して帰へりける。さて翌朝村民工匠と共に来りて之を視るに起直り此度造らんとする拝殿の軒端より二尺ばかり自から避け退きたり見る者神威に驚かぬはなかりけり。此事遠近に聞えて諸人渇仰参拝者日に群をなし後には九国の内は更なり中国等より詣で来る者多しと。之社は元、太郎坊社と称へしが寛政の後愛宕神社と改称す。
村上天皇康保元年(西暦九六四年)甲子五月兵乱、此時宗像臣吉田氏重平素愛宕神を信ず戦功ありて社檀を改造し四社を加へ祭祀す。
田心姫神、瑞津姫神、一杵島姫、惶根命の四社之なり。
ご朱印 
鎮座地区宗像市
郵便番号811-4154
所在地宗像市冨地原1315
地図座標33.800166,130.605403
公式HP 
福岡県神社誌
【社名】 愛宕神社 [A00-0176]
【所在地】 宗像郡赤間町大字富地字銭垣
【祭神】 軻遇突智大神、宗像三女神、惶根命
【由緒】 天慶三年宗像大宮司氏男創立の社なり。明治五年十一月三日村社に被定。社説に拠れば縁起に天慶三年宗像大宮司氏男、山城国愛宕嶽大神を勧請せる由見えたり。風致勝れし好祠なり、此社拝殿の左に添て二株の古松あり一株は直ぐ、一株は幹より二つに分れて巽の方に靡きたり、寛政十二年十一月村民等拝殿を修造しけるに此松障りて柱建てがたし、之を伐除くべしと相議して明朝を約して帰へりける、さて翌朝村民工匠等と共に来りて之を視るに此松是まで巽の方に靡きたりし幹一夜の間に乾の方に起直り、此度造らんとする拝殿の軒端の位置より二尺ばかり自から避け退きたり、見る者神異に驚かぬはなかりけり。此事遠近に聞えて諸人渇仰参拝者日に群をなし後には九国の内は更なり中国等より詣で来る者多しと、此社は元、太郎坊社と称へしが、寛政の後愛宕神社と改称す。今に肥前地方其他よりの参詣崇敬者多し。
村上天皇康保元年甲子五月兵乱、此時宗像臣吉田氏重平素愛宕神を信ず、戦功ありて社壇を修造し四社を加へ祭祀す、田心姫神、瑞津姫神、市杵島姫、惶根命の四神之なり。
後醍醐天皇延元二年宗像大宮司氏俊太刀一腰奉納。安永三年甲午八月当国主筑前守従四位少将黒田継高朝臣当社に参詣神饌料一折奉納。年月不詳、肥前国小城々主鍋島紀伊守江戸参勤之途次両度参詣両度共神饌料金百疋奉納。永禄三年十月宗像大宮司氏貞社参太刀一口奉納、永禄四年六月十二日氏貞社参神田寄附赤馬庄の内三段野坂郷の内二段。
【例祭日】 三月十四日、五月十日、十月十四日、五日
【神饌幣帛料供進指定】 大正十五年十一月六日
【主なる建造物】 神殿、中殿、拝殿、神庫、廻廊、社務所
【境内坪数】 六百三坪
【氏子区域及戸数】 大字富地原区 八十三戸
【境内神社】 貴船神社、厳島神社
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公開日2017/05/07
更新日2017/05/07
その他の写真
神社入口風景
一の鳥居
一の鳥居扁額
手水舎
神楽殿
神庫
参道風景
注連掛石
二の鳥居
二の鳥居扁額
狛犬(阿形)
狛犬(吽形)
参道風景
忠魂社
石碑
社殿正面
社殿正面
新築記念碑
狛犬(阿形)
狛犬(吽形)
拝殿内
社殿全景
本殿
本殿
社殿背景
社殿背景
社殿背景
境内神社風景
境内神社(不詳)
境内神社、右から須賀神社、保食神社、貴船神社、不詳
社務所
境内風景
神社裏口鳥居