[1335] 御笠杜神社(みかさもりじんじゃ)
正面写真・地図
神社情報
神社№ 1335
神社名 御笠杜神社(みかさもりじんじゃ)
神社別名 
参拝日 2016/10/02
再訪日  
社格  不詳
その他社格 
ご祭神不詳
由緒等
御笠の森

この森は御笠の森と呼ばれています。奈良時代に作られた『日本書紀』には、
仲哀天皇のお后である神功皇后が、荷持田村(今の甘木市秋月字野鳥)に住む羽白熊鷲という豪族を従わせようとして橿日宮(福岡市東区香椎)から松峡宮(朝倉郡筑前町)へ向かわれていると、突然つむじ風が起こり、皇后のかぶられていた笠が吹きとばされてしまった。そのため、その場所を名付けて御笠というようになった。
と書かれています。そして、江戸時代に作られた『筑前国続風土記』には、その笠が引っかかったのがこの森だと書かれています。大野城市域を含む筑紫地区は、明治二九年以後筑紫郡と改称されましたが、それ以前は御笠郡と呼ばれていました。御笠の森は郡名や川の名などの由来になっているという伝承を持っていることと、良く成長したスダジイやモチノキ、タブノキ、ヤブツバキ、ヤブニッケイ、カクレミノなどで構成され、西南日本の代表的な照葉樹林の姿を良く残していることから、末永く保存保護していくため、平成七年五月二十二日大野城市の有形民俗文化財と天然記念物として指定しました。いつまでも大事にしていきたいものです。

平成十七年三月三十一日 大野城市教育委員会


笠が飛んだ話

武内宿禰以下大勢の軍兵を率いて、香椎の宮から大野に出られ、宝満山から流れ出て博多湾にそそぐ川(御笠川)のほとりを、荷持田村をめざして南に向かわれた神功皇后が、筒井村の辺まで進まれたときに、いたずらなつむじ風が皇后の笠を奪ってしまったのです。そこで、土地の人は笠がぬげたところに、「笠抜ぎ」という地名をつけました。上筒井小字笠抜の地名は、こうして起こったということです。
空高く舞い上がった笠は風に乗ってくるくる廻りながら、北へ北へと飛んでいって、一キロメートルはなれた山田村の森の、大きな楠の木の梢にかかってしまいました。お供の人はこの笠を取ろうとしますが、高すぎてなかなか取れません。事情を聞いた村長は森の神様にお願いするほかはないと思い、お供の人たちと相談しました。そして、森の前で神様に奉納する舞がはじまりました。すると枝にからまっていた笠のひもは、ひとりでにするするととけて、笠はひらひらと舞い降りてきました。大変喜んだ村人達はそこを「舞田」と呼ぶようになりました。

赤司岩雄著『大野城市の伝説とその背景』より抜粋
ご朱印 
鎮座地区大野城市
郵便番号816-0922
所在地大野城市山田2丁目9-18付近
地図座標33.546402,130.472894
公式HP 
福岡県神社誌未掲載
コメント 
公開日2016/11/06
更新日2016/11/06
その他の写真
三笠の森全景
三笠の森表示板
三笠の森解説碑
万葉歌碑『思はぬを 思ふといはば 大野なる 三笠の社の 神し知らさむ』
万葉歌碑背面
三笠の森風景
祠正面
祠全景
祠全景
祠背景