[1346] 御勢大霊石神社(みせたいれいせきじんじゃ)
正面写真・地図
神社情報
神社№ 1346
神社名 御勢大霊石神社(みせたいれいせきじんじゃ)
神社別名 
参拝日 2017/06/17
再訪日  
社格  県社
その他社格 
ご祭神 
由緒等
御勢大霊石神社

鎮座地/福岡県小郡市大保1032番地
電話0942-75-3350・FAX0942-75-6678
西鉄大牟田線大保駅下車、徒歩7分、車2分。

由緒
神功皇后二年(二〇二)創建、社記・伝説によれば第十四代仲哀天皇は熊襲征伐に当り、橿日宮の本陣より此の地に軍を進められ大保の里が白州で清浄であったので天神地祇を祀り仮陣地とし軍を指揮された。隅々近臣を従え志気を鼓舞するため戦線を廻られた折、敵の毒矢に当られて此の地にて崩御された。皇后は時恰も激戦中で志気の沮喪をおそれ深く秘して仮に御殯葬申し上げた。
熊襲征伐後軍を纒めて御崩御を布告し、御霊柩を橿日宮に移して発喪された。その後三韓征伐に於て御魂代の石を軍船に乗せ、その石に仲哀天皇の御鎧及び兜を着せて征途につかれ、戦勝後凱旋されて、その石を大保の郷の殯葬の地に宮柱太敷立て斉き祀られ御勢大霊石と崇められた。
今、社前にある石がこれで御剣・御衣も納められ御本體所と称する。御勢は夫にて皇后よりの尊親の称である。

境内末社
○粟島神社(又の名淡島神社)
御祭神 少彦名命 例祭九月十三日
創建は不詳であるが和歌山市加太に鎮まります御分霊を当地に勧請する。御祭神は医薬の祖神であり、又交通、航海安全の守護神として崇められる。

○秋葉神社(又の名愛宕神社)
御祭神 火之加具土神

○牛天神社
御祭神 保食大神
由緒御創建は不詳であるが、別名宇迦之御魂神とも云うも「ウカ」「ウケ」は古くから食物を意味し、稲は食物の中であり、生命元である。

○恵比須神社
○猿田彦神社

境外末社
○白鳥神社
父君の神霊白鳥と化し天に昇り、願くは白鳥を得て陵域の池に養はむ。当社も是を模して池を造り白鳥を飼いし所なり。総称して、白鳥島と言伝へたり。現在は年一度の御神幸は途絶えているが古昔は例大祭の御神幸の下宮として使われし所也。

その他
勅使御館之跡
社頭を距つる事五丁程戌亥の方にあり。勅使下向の折招請の御館を造った処である。

御祭礼日
一月一日 歳旦祭
二月 初午節分祭
二月六日 粥占い祭
四月十五日 石祭
七月三十一日~八月二日 大祓、茅輪神事、獅子舞、夏祭
九月十三日 粟島神社例祭
十一月十五日 七五三祭
十二月十四日 例大祭
以上

平成十一年吉日
御勢大霊石神社

御本殿等
○本殿六坪、幣殿十五坪、拝殿十坪。
○欽明天皇、天武天皇、宇多天皇、鳥羽天皇、高倉院の御宇再興。
○文明二年、領主筑紫貞門再建。
○天正十四年、兵火に罹り社殿、宝物等悉く焼失す。
○天和二年、領主有馬伊豫守豊範、正殿拝殿再建(現在の御本殿也)。
○其の後、造営材木は旧久留米藩より、雑費は御井、御原両郡割符を以て仕来り也。
○明治六年三月十四日、県社に列せらる。
○平成元年、御創建二十五年毎(一七七五年)の式年大祭斎行、氏子、産子等の浄財を以て御本殿、渡殿の修覆工事完成。
○平成四年、台風十七号及び十九号の被害により拝殿の修復工事完成。
○平成二十四年御本殿渡殿の銅板葺き替え及び修覆工事完成。
○平成二十五年御創建(一八〇〇年)式年大祭斎行。

御勢大霊石神社

延喜式神名帳筑前国四社一小社
神社御紋 平安末期まで菊花菱紋
祭神一座 足仲彦大神(一四代仲哀天皇)
相殿四座 天照皇大神、八幡大神、春日大神、吉富大神(長栖の長者で七三八年社殿創建)

当神社は元来、御井・御原両郡十九ヵ村の産土神で、明治時代までは、祭祀料を神納されていた。

御勢大霊石神社

延喜式神名帳筑後国四社一小社

所在地 福岡県小郡市大保字龍頭一〇三二番地
主祭神 足仲彦大神(十四代仲哀天皇)
副祭神 天照皇大神 八幡大神 春日大神 吉富大神
御創立 神功皇后 摂政二年

由緒
皇統十四代仲哀天皇筑前国橿日宮にて崩マレヌ。皇后天皇の御手代として姑く男貌も仮石を以て御形代として之を奉し三韓を征し給うに三韓不日に服従す。御凱旋の後大保の郷に宮柱太敷立て此の石を祭り給い御勢大霊石神社と崇らる。社前に御剱、御衣を納め給う。これを御本体所と称す。
標柱に「史蹟仲哀天皇殯葬伝説地」とある。

境内神社
一、粟島神社(又の名は淡島神社)祭神少彦名命
二、成末神社 御勢大霊石大神の荒御魂
三、秋葉神社(又の名は愛宕神社)祭神火之賀具土神
四、天神社(又の名は宇迦之御魂神社)祭神保食神

境外神社
白鳥神社 旧御神幸の下宮として奉斎 その他勅使御館之跡勅使下向の時御招請の御館。今は名のみを残す旧蹟なり。

御祭礼日
一月一日 歳旦祭
二月三日 節分祭
二月六日 粥占い神事
四月十五日 石祭
七月三十一日 大祓夏祭
八月二日 茅の輪神事
九月十三日 粟島神社例祭
十一月十五日 七五三祭
十二月十四日 例大祭

平成十一年七月吉日
御勢大霊石神社

子孫繁栄御神木

この御神木は、仲哀天皇の御霊石に支えられ、楡欅、もちの木、榊の木が奇蹟的に三位一体となり合体し雄大に日々生長しているのです。
神聖な境内に存在する故と思われます。地域社会の宝として生長を御守します。

御参拝の皆様へ
子孫繁栄
良縁結び
家内安全

御祈願の程御願い申し上げます。
御勢大霊石神社

此の地 龍頭の由来

由緒によれば神社創建は神功皇后二年(世紀二〇二年)仲哀帝、熊襲親征に当り橿日宮(香椎宮)の本陣よりこの地長栖(大保)に軍を進められた。
清浄な宝満川周辺の地を好まれこの地「龍頭」に天照大神を祀られ仮陣地に定められたと伝えられている。

そこでこおn聖地に植栽されている松の木は”臥龍松”として生長しています。この地にふさわしいものです。御参拝の皆様の昇龍(昇運)願って臥龍松を見守って居ます。

合格祈願
家内安全

御勢大霊石神社神社総代会
ご朱印 
鎮座地区小郡市
郵便番号838-0115
所在地小郡市大保1033
地図座標33.412031,130.563468
公式HP 
福岡県神社誌
【社名】 御勢大霊石神社 [A00-0725]
【所在地】 三井郡三国村大字大保字龍頭
【祭神】 足仲彦天皇、天照大神、八幡大神、吉富大神、春日大神
【由緒】 神功皇后二年創立、社説に曰く天皇筑前国橿日宮にて崩ましぬ皇后姑く男貌を仮り石を以て御形代とし之を奉し三韓を征し給ふに三韓不日に服す御凱陣の後大法の郷に宮柱太敷立て此石を祭り給ひ御勢大霊石神社と崇らる社前に御剣御衣を納め給ふこれを御本体所と称す勢は夫にて皇后よりの尊親の称御魂代の石なればなり、欽明天皇、天武天皇、宇多天皇、鳥羽天皇、高倉院の御宇再興、文明二年領主筑紫興門再建天正十四年兵火に罹て社殿焼失す同十七年仮殿造立天和二年旧領主有馬伊豫守豊範正殿拝殿再建其後造営材木は旧久留米藩より雑費は御井御原両郡割符を以て仕来候、式内小社、明治六年三月十四日郷社に定められ明治二十九年七月十七日県社に列せらる。
尚社説に述ぶる所次の如し、亦伝説に曰く、仲哀帝熊襲親征伐に当り、橿日の本陣より此地に軍を進め給ひ、宝満川と垢離川の合流地大保が、白州にして清浄の地なれば、先づ天神地祇を祀り仮陣所となし軍を督し給ふ。一日近臣を従へ志気を鼓舞せんため、前線を廻り給ひ、黄昏時に及び御帰還の途流矢に中り給ふ、近臣等驚き仮宮に御伴し御看護申上たるも日ならず崩御ましました時恰も激戦中にて志気の沮喪を畏れ、深く秘して仮に御殯葬申上げたり。(今の御本体所)戦一段落に及び軍を纒め、御崩御を布告し御霊柩を橿日に遷し奉りぬ。皇后御凱陣後天皇の御形代を魂代とし、甲冑御衣を納め三韓鎮撫神として祀り給ひぬ。
【例祭日】 十二月十四日
【神饌幣帛料供進指定】 大正十一年九月七日
【主なる建造物】 拝殿、幣殿、神殿、宝倉、社務所、接待所
【主なる宝物】 縁記二巻、太刀一口
【境内坪数】 千二百十坪
【氏子区域及戸数】 三井郡三国村大字大保一部落、戸数七十三戸
【境内神社】 成末神社(仲哀天皇荒魂)、粟島神社(少彦名命)、牛天神社(保食神)
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公開日2017/08/20
更新日2017/08/20
その他の写真
参詣道入口鳥居
参詣道入口鳥居扁額
社号標
参詣道風景
参詣道脇恵比須神
参詣道脇猿田彦神
神社入口風景
由緒書き
神社案内塔
一の鳥居
一の鳥居扁額
神橋
神池
二の鳥居
二の鳥居扁額
境内風景
狛犬(阿形)
狛犬(吽形)
注連掛石
仲哀天皇殯葬伝説地
古鳥居扁額
御神木説明板
龍頭石
龍頭の由来
手水舎
社殿正面
拝殿内
拝殿神額
社殿全景
社殿全景
本殿
社殿背景
屋根瓦
ご神木
境内神社、成末神社
境内神社、秋葉神社
境内神社、牛天神社
境内神社、粟島神社
ご神木