[0690] 雉琴神社(きじことじんじゃ)
正面写真・地図
神社情報
神社№ 0690
神社名 雉琴神社(きじことじんじゃ)
神社別名 
参拝日 2016/08/20
再訪日  
社格  村社
その他社格 
ご祭神日本武尊
由緒等
『弟橘藤』由来

当神社は仲哀天皇の父君、日本武尊を祀り神功皇后の創祀と伝える。
古来里人の崇敬深く昭和天皇御即位御大典の記念として藤樹を植え、身を挺して海神に殉じられた愛妃弟橘媛を偲び花藤の香りに寄せて、お二人の純愛を永久に語り継ごうと里人無津呂源内、池園源蔵、筒井兵作の三人は、八方手を盡して相応しい藤樹を探す事三年、やっと樹齢百年に近い大樹を求めて昭和四年奉納、植樹し「弟橘の藤」と命名し今に至る。以後、当社代々の氏子会三役、氏子総代、宮方の計十名は、七月、九月、二月に手入れ奉仕を毎年欠かさず続け、当社の象徴として愛されている。尚、当神社は火傷、火焼の神であり南五百米に、あせもに効く「しょうずの湯」冷泉が湧き、それより東三百米に「イボ取り地蔵」がある。更に南東「不動滝」の落下する水中の岩壁に彫られしは、不動明王の御神体なりと云い、その上の史蹟、神籠石水門の守神「金刀比羅神社」(筒城神社、また、七郎権現とも称す)は、白癜の紙である。故にこの地一帯は、花藤の匂うが如き美肌を願う人々が訪づれている。

平成六年五月吉日

雉琴神社

祭神 日本武尊(倭建命)
祭日 九月二十三日

日本武尊は第十二代景行天皇の第二皇子として生まれ、性、勇猛果敢、父天皇に命ぜられ東方十二ヶ国の荒ぶる神たち、従わざる者たちを討たんとして相模の国に至り国造にだまされて野原に入り火をかけられ焼打ちにあわれ給うが火打石草薙剱により逆火をつけ給い辛うじて難を逃れ給う(火焼、やけどの神)

昔神功皇后高祖より御坂(三坂)を経て雷山に登り給い層々岐岳にて天神地祇を祀り戦勝を祈り給う後山をさがり(嵯峨里)給い此所に宿陣し給う夜夢枕に日本武尊がたたれ賊徒討伐の法を教えられたという
雉子の鳴く声を琴の音に聞きて目ざめられ帰還の後日本武命を祀り雉琴神社と崇め奉り此所を雉琴と名付けられた

(古事記、神社縁起に因る)
ご朱印 
鎮座地区糸島市
郵便番号819-1152
所在地糸島市飯原2105
地図座標33.510805,130.207371
公式HP 
福岡県神社誌
【社名】 雉琴神社 [A00-0655]
【所在地】 糸島郡長糸村大字飯原字日明
【祭神】 日本武尊
【由緒】 当社往古神功皇后三韓征伐之時此の所に息はれたる節雉子の鳴くを琴の音の様被為聞日本武尊雉子と現はれ給候とて帰朝の後此所に日本武尊を祭らしめ神号を雉子琴神社と申伝ふ、明治十四年許可飯原村氏神とす、明治三十三年六月二十九日村社に昇格許可。
【例祭日】 陰暦九月二十三日
【主なる建造物】 本殿、拝殿、社務所、参籠所
【主なる宝物】 祭神御尊影一軸、神刀三口
【境内坪数】 三百七十二坪
【氏子区域及戸数】 大字飯原 九十戸
【境内神社】 天降神社(瓊々杵命)、稲荷神社(倉稲魂命)、伊弉冊社(伊弉冊神)
糸島郡誌
【社名】 雉琴神社 [N01-0134]
【所在地】 糸島郡長糸村
【由緒】 奉幣料供進指定社。大字飯原字日明にあり。祭神日本武命。祭日九月二十三日。往昔神功皇后三韓を征し給はんとて此地に来まし戦勝を祈り給ふ。時に雉子の鳴く声を琴の音に聞きなして覚め給ふと。其御夢に日本武尊現れて賊徒誅伐の事共を示し給ふと、故に此所を雉琴と号し、日本武尊を祭りて雉琴神社と崇む。昔神命を祈請するに事を弾せしめ給ふは記紀仲哀天皇記其他に詳なり。此谷を琴度の谷と云ひ又琴川と名称ける皆是より起これり。前は層々岐野旗振山を望み、東早良郡額田駅(今の野方)に通じ、西深江駅に連る。真に旧地にして付近石斧埴輪其他弥生式土器数多発掘せらる。雉琴神社は明治卅九年神饌幣帛料の供進を指定せらる。例祭九月二十五日。
境内神社天降神社、祭神瓊々杵尊、祭日九月二十三日。
上流瀑布あり不動明王を祭る。其上神護石石門あり琴平神社を祭る。昔は上宮中宮下宮と名称けしものなるべしと云ふ説あり。
コメント 
公開日2016/09/04
更新日2016/09/04
その他の写真
神社入口風景
神社入口正面
社号標
注連掛石
鳥居扁額
弟橘藤由来
石碑
神社全景
境内前鳥居
境内前鳥居扁額
由緒碑
境内風景
手洗鉢
玉石
ご神木
社号碑
社殿正面
社殿正面
臥牛
狛犬(阿形)
狛犬(吽形)
拝殿内
拝殿内
拝殿内
社殿全景
本殿
本殿背景
境内神社(不詳)
境内神社(不詳)
社務所