[1060] 八所宮(はっしょぐう)
正面写真・地図
神社情報
神社№ 1060
神社名 八所宮(はっしょぐう)
神社別名 
参拝日 2017/04/22
再訪日  
社格  県社
その他社格 
ご祭神泥土煮尊、沙土煮尊、大戸道尊、大戸辺尊、面足尊、綾惶根尊、伊弉諾尊、伊弉冊尊
由緒等
八所宮

本宮は天照大神のご両親を始め遡る事、神代四夫婦八社の神をお祭りし、八所宮と言う。八所の神は、神武天皇御東征の折、姿を現し赤馬に乗り皇軍を先導されたと伝えられている。このことからこの地域一帯を「赤馬の庄」と言い、本宮は赤馬の庄の総鎮守の神社として人々の崇敬を集めてきた。境内は約6.5ヘクタール、手付かずの原生林には樹齢数百年を超すイチイ樫や常盤柿など貴重な植物が生存し、社叢(神社の森)全体が福岡県から天然記念物の指定を受けている。

八所宮境内御案内 六・五ヘクタール

一、御神殿 千三百年前建立
一、宗像大社初代宮司清氏親王献歌碑
一、八所宮額 小野道風之書
一、御手洗の池 吉留地名発祥の池
一、ツツヂ公園 約三千本 四月下旬五月上旬見頃
一、藤公園 約一〇〇〇坪 四月下旬五月上旬見頃
一、御神殿両側モミヂ二本 春の新緑 秋の紅葉
一、角力道場 宗像市体育協会角力部
一、キャンプ場 宗像市営
一、弓道場 宗像市営
一、イチイガシ樹林 福岡県指定天然記念物
一、大名行列 格納庫
一、現人神社
一、長宝寺十一面観音像 福岡指定文化財

昭和五十七年九月吉日

八所宮由緒記

一、御祭神

泥土煮尊(ういじにのみこと)
沙土煮尊(すいじにのみこと)
大戸道尊(おおとのじのみこと)
大戸邊尊(おおとべのみこと)
面足尊(おもたるのみこと)
綾惶根尊(あやかしこねのみこと)
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
伊弉册尊(いざなみのみこと)

天照皇大神の御両親を始め神代四夫婦八柱の神を祭り、依って八所宮と言う

二、由緒

八所の神は西海守護の神で神武天皇御東征の折、蘿ヶ岳に姿を顕し赤馬に乗り人民を指揮して皇軍を先導されたと伝えられている。この事からこの地域一帯を「赤馬庄」と言い、又吉き所に留り給うたが故に社殿の地を「吉留」と言う。
社殿は始め鶺鴒山の麓、御手洗池の辺に鎮座ましましたが、今を去る約千三百年前、人皇四十代天武天皇の白鳳二年十二月御神託により、現在の地鶺鴒山頂に御遷座された。八所の神は昔より朝廷の信仰も厚く、人皇二十代安康天皇は中臣利盛を勅使として派遣され、奉幣の祭儀を執り行わせ給い、其の際、松二本を植えて標とされた。人々はこれを相生の松、又は安康の松と称え其の一本は最近迄休殿の地に残存し、県の文化財に指定されていたが、昭和三十一年災害のため枯死し今は其の銘碑のみ残っている。
五十代桓武天皇の朝、橘逸勢は遣唐使に従って航路の安全を祈願し、又六十代醍醐天皇の延喜年間には初代宗像大宮司中納言清氏も親しく参拝し、和歌を奉納している。近くは豊臣秀吉肥前下向の折、三宝盃を神前に捧げて戦捷の祈願を行い、小早川隆景筑前国主となるや太刀、幕、御饌田を奉納し神殿を改修したと伝えられている。又その後の藩主黒田家に於いても扁額等を奉納するなど尊崇の念が厚かったという。
現在神殿に掲ぐる「八所宮」の神額は小野道風の書と伝えられている。安芸の厳島神社に現存する大梵鐘は応永五年鋳造で銘に「西海道筑前州宗像郡赤馬庄八所大明神社頭の洪鐘也」とある。八所宮は古来神領も多く社職二十一家、吉留武丸を始め石丸藤原上畑等赤馬の庄十一ヶ村の総鎮主の神として人々の崇敬をうけてきた。昭和九年県社に御列格。
秋の大祭の御神幸には古式豊な大名行列の供奉など盛大な祭事が今も続けられている。現在鶺鴒山一円の境内には約六町歩(六ヘクタール余)いちい樫を主木とする千年以上の自然林の荘厳さは他に例なく、昭和四十年県の文化財に指定されている。

三、御神徳

由緒のように四夫婦八柱の神を祀る大宮なれば境内は安らぎに満ち、諸人心を浄めて祈願すれば結婚、家内円満、子安の御利益があり、更に皇軍を先導されたという故事より、交通安全の神としてあらたかな霊験があるという。

四、大祭日

一月一日 元旦祭
三月十日 祈年祭
十月第三土、日曜日 秋季大祭
十一月二十三日 感謝祭

五、現人神社(境内摂社)

御祭神 神直日神 大直日神 思兼神
八所宮鎮護の神で災疫防除の御神徳篤く霊験顕かなれば昔より遠隔地よりの信仰祈願者が多い。

御手洗池

手洗池は往古よりあった。朝廷からの奉幣使や宗像大宮司などがこの水清き御手洗池で身を清めて参拝した。九一四年(延喜一四年)初代宗像大宮司清氏が参拝のとき詠んだ歌「水上の濁りなきとは今ぞ知る この池の澄むを見るかも」 一二五〇年建長二年、後深草天皇の奉幣使中納言藤原長氏「もとよりもけがれをはらい阿かをはらって神にまいらむ」
旱魃のときにこの池を浚えば雨が降ると伝えられている。

平和示現の宮
赤馬の庄十一箇村総鎮守
八所宮

八所宮は自然創造の神、六柱と日本国の始祖、二柱をおまつりしております。

泥土煮尊(ういじにのみこと)
沙土煮尊(すいじにのみこと)
大戸道尊(おおとのじのみこと)
大戸邊尊(おおとべのみこと)
面足尊(おもたるのみこと)
綾惶根尊(あやかしこねのみこと)
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
伊弉册尊(いざなみのみこと)

本宮の名は八柱の神を祀っておりますので八所宮と申します。

【由緒】
八所の神は「西海守護の神」で神武天皇御東征の折、蘿ヶ岳に姿を顕し赤馬に乗り人民を指揮して皇軍を先導されたと伝えられており、この事からこの地域一帯を「赤馬庄」と言い、又吉き所に留り拾うたが故にこの地域を「吉留」と言う。社殿は始め鶺鴒山の麓御手洗池の辺りに鎮座ましましたが今を去る約千三百年前、人皇四十代、天武天皇の白鳳二年十二月御神託により、現在の地鶺鴒山頂に御遷座されました。八所の神は古より朝廷の御信奉も厚く、人皇二十代「安康天皇」は中臣利盛を勅使とし派遣され、奉幣の祭儀を執り行わせ拾い、其の際、松二本を植えて標とされた。人々はこれを「相生の松」、又は「安康の松」と称え其の一本は最近迄旧社殿の地に残存し、県の文化財に指定されていましたが、昭和三十一年枯死し今は其の根株の一部(境内展示)が当時の面影を残しています。
五十代「桓武天皇」の朝臣、橘逸勢は遣唐使に随行の折り航海の安全を祈願し、又六十代「醍醐天皇」の延喜年間には、初代「宗像大宮司中納言清氏」も親しく参拝し、和歌「水上の 濁りなきとは今ぞ知る この池水の澄むを見るかも」を奉納している。後に、小早川隆景筑前国主となるや太刀、幕、御饌田を奉納し神殿を改修したと伝えられている。その後、藩主黒田家に於いても扁額等を献納するなど尊崇の念が厚かったという。現在神殿に掲ぐる「八所宮」の神額は小野道風の書(鳩文字)と伝えられている。又、豊臣秀吉が持ち去り安芸の厳島神社に奉納したとされる大梵鐘(厳島神社に現存)は応永五年の鋳造で、当時世の中は戦や疫病などで人々は疲弊しきっていました。このことを憂い、「八所の神」に一日も早く「平和な世の中」にとの祈願を込め、氏子十一ヶ村の人々が身を挺してまでも浄財を捻出しこれ(梵鐘)の費用に充て奉納したものです。銘に「西海道筑前州宗像郡赤馬庄八所大明神社頭の洪鐘也」とあるところから、氏子達は長年にわたり鐘の返還を切望し昭和五十九年に四百年ぶりに里帰りしていましたが、平成二十五年、再び厳島神社に返還、その面影は写真(拝殿前、翼楼横に掲額)に留めるに至っております。
八所宮は古来神領も多く社職二十一家、吉留・武丸を始め石丸・藤原・上畑など「赤馬の庄十一ヶ村の総鎮守」の神社として人々の崇敬をうけてきました。「昭和九年県社に御列格」。秋の大祭の「御神幸祭」には古式豊な「大名行列」の供奉など盛大な祭事が今も斎行されております。

【御神徳】
由緒のように「四夫婦八柱の神を祀る大宮」なれば境内は安らぎに満ち、諸人心を浄めて祈願いたせば「縁結び(結婚)、家内円満、子安」の御利益があり、更に皇軍を先導されたという故事より、「交通安全の神」としてもあらたかな霊験があるとして今も多くの参拝者がその御神徳に浴しているところです。

【本宮のみどころ】
●現人神社
御祭神は、神直日の神、大直日の神で八所宮の御守護の神であり、災疫解除の神として遠くからの参拝者も多く霊験あらたかであります。(古より伝えられている祈願の作法があります)

●十一面観音像
本宮の神宮寺であった長宝寺の御本尊十一面観音像、天部像、不動明王、大威徳明王(平安時代)があります。十一面観音像は福岡県指定文化財、他の仏像及びお堂は宗像市指定文化財です。

●小野道風の社額
社額は、平安時代の日本三蹟(名筆)のひとりである小野道風の書とされ鳩文字という書体で書かれております。

●絵馬(源平最後の合戦図他)

●イチイ樫・常盤柿
現在鶺鴒山一円の境内には約六町歩(六ヘクタール余)御神木の「杜松の木」やイチイ樫・御招霊・槲・タブ・常盤柿(天然記念物)を主木とする千年以上の自然林の荘厳さは他に例はなく、昭和四十年県の文化財に指定されています。

【主な祭りと行事】
●歳旦祭(さいたんさい)・・・1月1日~3日
●春季大祭(祈年祭)としごいのみまつり(五穀豊穣祈願・家内安全祈願)・・・3月10日
●秋季例大祭(お宮日)・・・10月第3土、日
●新嘗祭(にいなめさい)(五穀豊穣感謝祭・家内安全祈願祭)・・・11月23日
●除夜祭・・・12月31日

10月第3土、日の大祭(お宮祭)には午後10時から深夜にかけて、他には見られない古式豊な「御神幸祭(お降り・お上り)」に併せ「大名行列」が催されます。

【お花見】
4月下旬から5月上旬にかけツツジと藤棚が見頃です。秋には紅葉も楽しめます。

【施設利用のご案内】
●宗像市弓道場
[利用時間] 午前9時~午後9時
[休館日] 毎月曜日
*6人立ち、夜間照明あり。

●八所宮「やわらぎの杜」
やわらぎ(和順)
★こども(親子)の自然観察・体験学習の場として、又、散策(森林浴)や憩いの場、その他各種イベント等として・・・
<申し込み・お問い合わせは八所宮社務所まで>

【周辺の見どころ】
●正助ふるさと村
江戸時代に実在した、親孝行者の”武丸の正助さん”をテーマとして家族で農業体験などできる施設があります。正助茶屋では地元の女性がつくる手打ちそばが名物。

●新立山登山
標高325mの山頂は遠く玄界灘から筑豊、北九州地区まで一望でき360度のパノラマが広がります。山頂は正助ふるさと村から登山道を抜けて約40分。

●赤間宿
江戸時代、唐津街道の宿場町として栄え今でも白壁や格子戸が連なりその面影を残しています。八所宮から西へ車で約5分。

*交通安全・厄祓・安産・初宮・地鎮祭や神前結婚式など諸祈願承ります。

八所宮社務所
〒811-4153 福岡県宗像市吉留3186
☎0940-33-4467
ご朱印
鎮座地区宗像市
郵便番号811-4153
所在地宗像市吉留3186
地図座標33.809284,130.617758
公式HP 
福岡県神社誌
【社名】 八所神社 [A00-0126]
【所在地】 宗像郡吉武村大字吉留字宮尾
【祭神】 泥土煮尊、沙土煮尊、大戸道尊、大戸辺尊、面足尊、惶根尊、伊弉諾尊、伊弉冊尊
【由緒】 神武天皇天業を恢弘せんと日向の国より舟師を帥いて東征し給ふ時、遠賀の郡岡の湊に暫く蹕を駐め当郡蔦岳に到給ふに当社の神赤馬に乗り形を顕して人民を指揮し皇軍に従はしめ永く当地の守護神たるべしと誓ひ給ふ。即ち其所を名付て赤馬の庄と云ふ又清浄なる地に鎮り座んとて吉き所に留り給ふ故に吉留と云へり、旧と社殿造立の時は是より西北なる鶄鴒山の麓に鎮座有けるを天武天皇白鳳二年信託に由りて今の地に遷すと云へり。人皇二十代安康天皇の朝当社の神霊験を顕はし給ふこと著明なる故天皇勅使中臣朝臣利盛を下し当宮を祭り給ひ幣使に松を栽て標とし給ふ枝葉繁茂今に至て其松存す時人号して安康の松と称す人皇五十代桓武天皇の時橘逸勢遣唐使に属し当国に下り午の日航海の安全を祈りし故午の日祭始ると云ふ、されば古へは大社にして神領も多く社職二十一人なりしこと古記に見へたり、目下存保する所の額は小野道風八所宮三字を書したるは天暦年間也とあり然るに世の乱離を歴て漸く衰敗せしも猶天文の棟札二社人五家八乙女等の姓名を記し且つ敷地十一箇村の村名を記せり、又宗像大宮司分限帳の田地二町三反赤間庄八所宮社領と見ゆ該神田は天正十五年豊臣秀吉筑前下向の際没収す、然るに当社昔時武将の信仰頗る厚かりしが故に小早川隆景筑前国主となりし際親しく来詣ありて太刀一振、幕一聯、御饌田二反五畝歩奉納ありしことは正しく古文書の存する所なり、且旧筑前藩主黒田家に於ても代々尊信自身参拝ありしこと数次なり、然して阿計郷十一箇村総鎮守氏神たりし故維新の今日に達し旧敷地各村に於て猶俵米を献納し又は例祭神幸に供奉するあり明治五年十一月三日村社に定めらる。
明治四十二年三月六日郷社に昇格
昭和九年九月二十二日県社加列
尚社説に曰く、現今鶄鴒山全山境内にして一万六千坪に及び昔ながらの老樹鬱蒼、古幹参差、神秘幽邃たる有様如何にも古社たるかを偲ばしむ。
毎年秋季大祭十月十八日午後十一時より御神幸祭を執行し御神輿三体の前驅供奉をなす大名行列は、御鷹持御手振鉄砲御弓大筒薙刀御羽熊短鎗御鳥毛長槍挾箱草履取と凡そ百余名行列の長さ二丁余に及び、同じ衣装に草鞋を履き一定の間隔を置き慎重なる歩速一絲乱れず、エーイ、エーイと肺腑より出づる掛聲は、神さびたる御神幸の楽の音に和し、静寂なる深夜、星空に澄み亘り、小笠原流の型を踏みて徐ろに進行する様実に名状すべくもあらず。供奉する氏子には旧十一箇村の氏子及び崇敬者も加はり、本宮より頓宮に至る十五六丁の間路傍立錐の余地無く、其の神々しさ云はん方なし。
【例祭日】 十一月十日
【神饌幣帛料供進指定】 昭和九年十月九日
【主なる建造物】 本殿、渡殿、神饌所、神輿庫、社務所、宝蔵庫、廻廊、参籠殿、行列道具飾庫、井戸家、手水舎、鳥居、注連掛石
【主なる宝物】 神額、絵馬、太刀、観音像
【境内坪数】 凡一万八千坪
【氏子区域及戸数】 吉武村一円、三百戸
【境内神社】 八幡神社(応神天皇)、稲荷神社(蒼魂神)、大歳神社(大歳神)、菅原神社(菅公)、貴船神社(闇龗神)、須賀神社(素盞嗚命)
【摂社】 無格社現人神社(神直日神、大直日神)、無格社菅原神社以下十七社
コメント 
公開日2017/04/30
更新日2017/04/30
その他の写真
参詣道鳥居
参詣道鳥居扁額
神社入口風景
神社説明板
社号標
一の鳥居
一の鳥居扁額
参道風景
参道脇猿田彦命
参道脇猿田彦大神
注連掛石
二の鳥居
二の鳥居扁額
参道風景
三の鳥居
三の鳥居扁額
参道風景
境内前階段
八所宮境内御案内
注連掛石
四の鳥居
四の鳥居扁額
手水舎
由緒書き
社務所
社殿正面
社殿正面
社殿正面
狛犬(阿形)
狛犬(吽形)
お潮井
拝殿内
社殿全景
社殿全景
本殿
本殿
本殿
絵馬殿
絵馬殿
行列道具倉庫
神輿庫
境内神社風景
境内神社、貴船社
境内神社、八幡神社
境内神社、大歳社
境内神社、天満宮
境内神社風景
境内神社、稲荷大明神
境内神社、今井祇園社・須賀神社
清氏親王献歌碑
清氏親王献歌碑説明板
御手洗池風景
御手洗池
御手洗池碑
八大龍王
御手洗池説明板
古代祭場跡
古代祭場跡説明板